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3つのカテイを大事にするプロレスラー

 
 今回お話を聞いたのは、プロレスラーの内田祥一さん。

 イベント3回目でようやく私の得意分野であるスポーツと言うカテゴリーにいる方に話を聞くことができる。とは言っても、プロレスを一度も見に行ったことがないばかりか、正直私はプロレスやボクシングなどの格闘技が嫌いである。
どうして憎んでもいない人を殴ったり、蹴ったりできるのであろうか。
どうして痛めつけ合い、相手を倒すことが目的のスポーツに熱狂できるのであろうか。
そう思っていた。そんな疑問を解消してくれるかもしれないと期待していた。

 彼は腰低めにステージに登場した。なんだがイメージと違う。プロレスラーと言うのは少し威張っていると感じるくらい、胸を張って堂々と出てくる姿を想像していた。

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「僕、人見知りなんです」
人見知りのプロレスラーは実際多いという。人見知りなのに人前で戦う?一体、プロレスラーとは何の職業なのであろうか。スポーツマンなのか、格闘家なのか?その問いに彼はこう答えた。

「基本、表現者と思っています」
俳優や芸人と同じジャンルであり、リングというある程度作られた舞台の上で、お客さんに何を伝えたいか、表現したいかが重要だという。『人見知りの表現者』がプロレスを通じて何をしようとしているのだろうか、私はとても楽しみになっていた。

そして、いろんな話を聞いて感じたのは、内田祥一というプロレスラーは3つの「カテイ」を大事にしているということだった。


☆1つ目のカテイ
 
 プロレス団体に入門したのは23歳、決して早い年齢ではない。高校を卒業して大阪に出てきて仕事を始め、生活が落ち着いた頃に「やりたいことをやりたい」と思ったそうだ。
 その思いにはこんな背景がある。小・中学生の時に部活でサッカーや水泳をやっていたが、家の生活が苦しかったため、必要な用品や遠征費などを親にお願いすることができなかった。それが理由でいじめられたこともあり、居づらくなってこっそり辞めてしまった。やりたいことができなったという思いが、もともと好きだったプロレスをやってみようという決断につながった。とはいえ、当時特に体格が良いわけでもなく、体を鍛えていたわけではなく、ケンカが強かったわけでもなかった彼は、記念受験くらいの気持ちで受けた。試験課題の腹筋50回×2セットや腕立て50回×3セット、スクワット500回などは、もちろん出来なかった。が、合格した。彼が言うには、当時人がおらず雑用をする人間がいなかったため、その要員で合格したらしい。

 入門してから、給料はほとんどないが、団体の雑用をしつつ練習をする毎日が始まった。社長の送り迎え、リング準備、掃除、炊事、雑用をこなし、先輩が寝るまでは寝られないという、完全な上下社会の「一番下」となった。先輩からの嫌がらせに腹を立てることもあったが、なんとか乗り越え、デビューを迎えた。今でこそある程度知られているが、デビューが決まる前に、プロレスがエンターテイメントであることを教わった。(つまり筋書きもあると言うこと)最初からとにかく受身の練習が多かったため、不思議に感じていたことの謎が解けた。デビュー戦は道場長が相手であった。もちろん思いっきり負けた。

 彼が最初に所属していた大阪プロレスは一般的にはエンターテイメント性の高い団体だが、タイガーマスクや武藤敬司に代表される華のあるレスラーには特に憧れていなかった。マスクは被らず(団体から被らなくてもいいと言われた)、派手なパフォーマンスもせず、やられてもやられても立ち上がる根性論を押し出した泥臭いスタイルを貫いていた。プロレスの考え方は人それぞれであり、どんなスタイルだったとしても、「みんなが喜んでくれるから」がベースにある。本当に憎しみ合っていたらいい試合にはならない。もちろん技を掛けられたらダメージを受けるが、実は相手の見栄えが良くなるように心がけていて、そこには相手への信頼感があるからこそ。心の中での会話があり、お互いの技量が必要なのだ。プロレスラーによって段取りを詳細に決めるタイプと、フィーリングで行こうというタイプがいるらしい。彼は中間のスタンスを取っていて相手のタイプに合わせていくように心がけている。経験や性格によって、そして対戦することで、その人のタイプは分かってくるそうだ。以前3対3の6人タッグが組まれた試合で、6人中5人が人見知りだった時には、お互いが気を遣いすぎてさすがに微妙な雰囲気になったという。
 
 それから2年ほど大阪プロレスにいたが、大きなケガをしたため団体に迷惑をかけてはいけないと一旦離れ、フリーとして復帰した。彼の得意技はダイビングヘッドバッド。大阪プロレスを離れるきっかけとなった技は皮肉にもこれであった。ケガは承知の上がこの世界。相手に文句を言うこともなければ、恨むこともない。相身互いなのだ。
 現在はダブプロレスに所属し活動をしている。以前チャンピオンとして在籍していたこともあり、フリーの時に使ってくれていた義理がある。また、デビューするときにお世話になったたくさんの人々に、選手生命があるうちに恩返しがしたいと活動を続けている。
 彼は自分の人生の【過程】をプロレスで表現している。
部活を思い切りできなったこと、記念受験のつもりが合格して入門・デビューしたこと、ケガをしてフリーになったこと、すべてが今の内田祥一を作っている。

 『見に来てくれたお子さんや元気のない人が、「元気もらった」とか「やられても向かっていく姿勢に元気が出た」と言ってくれた時、自分の言いたかったことが伝えられたんだなと思って、嬉しい。若い人に向けて、勝ち負けも大事やけど、それに至る過程、諦めずに向かっていくことに価値があるんやで、と伝えることができたらいいなと思っています。』


☆2つ目のカテイ
 
 内田祥一と言う人間は、プロレスだけでは語りつくせない。いろいろ「やらかしている」男である。

 彼は高校卒業後、大阪でバイトや契約社員で生計を立てていた。特に生活が貧窮していたわけではないが、20歳の時にマグロ漁に行くことを決意した。マグロ漁と言えば、借金まみれの人が行って全額返済して帰ってくるイメージがあったので、借金ゼロの自分が行けばとてつもなくお金が貯まるんじゃないか、起業できるんじゃないか、と一攫千金を夢見た。
 しかし彼が行ったのは、近海マグロであった。基本、儲かるのは遠洋マグロで、そのからくりを言うと、1年間ずっと船に乗っているとお金を使わないので貯まるだけだそうだ。一方、近海マグロは2週間に1回の頻度で帰ってくるため、その時にお金を使ってしまう。彼は学生ローンの返済もあったので貯めることが出来なかった。彼が乗った船は本来マグロを釣る漁船じゃなかったこともあり、なかなか釣れなかった。釣れたとしても、ビンチョウマグロは燃料代に消え、キハダマグロで10~30万で儲けにならない。本マグロで200~300万になるが、ほとんど釣れない。途中から辞めたいと思っていたが、船長が王様として君臨する船では、○○が死んだらしいという噂がいつもあったので、なかなか踏み出せなかったし、こっそり逃げ出すのは嫌だった。半年後、遂に行動を起こした。入念な準備の上、夜中に荷物を運び出し、船長と機関長に辞めることを告げた。もちろん承諾されなかったし脅されたが、意思を貫き強引に帰ってきた。
 彼はマグロ漁に行く前に、ある【仮定】を立てていた。

「もしかしたら死ぬかもしれん」、帰ってきたときは「死んでいる」か、「大金持ちになっている」かのどちらかだと。
 なので、家具などは全て友達にあげてから旅立った。家賃だけは払い続けていたため、帰る家はあったが、何もない。1年半、通信業の営業で働き、歩合制で稼いで何とかなった。初めからそっちのほうが稼げていた気もするが、これも彼の過程の一つとなっている。

 その後、入団テストを受けるわけだが、そこにもエピソードがある。彼はテストを受けた後、またこんな仮定を立てた。

「もしプロレスラーになったら、最悪事故で死ぬかもしれん」

 そこでこれまでお世話になった人たちにご馳走をして回ることにした。その当時、酒気帯び運転の取り締まりが厳しくなり始めた頃で、お酒を飲んで原付で帰っていたら、案の定捕まった。警察官に罰金10万円と言われ、なんだか払うのが悔しかった彼は、罰金相当の日数拘置所に入れば帳消しになるという話を聞き、入ることにした。1日5000円の計算で20日間入らなければならないが、前科は付かないという。その拘置所内でトレーニングをして、身体作りが出来るとも考え、一石二鳥の得した気分になっていた。が、実際は勝手なトレーニングなど許されず、運動は週に2回のみ。むしろ体は弱っていった。消灯の時間には「かあさんの歌」(♪かあさんが夜なべをして)が流れ、母親に手袋を編んでもらったことのない彼も自戒の念に駆られたという。
しかも、その拘留中に入団テストの結果発表があり、彼は合格していた。大阪プロレスのHP上には「探しています」と書かれ、尋ね人状態であったので、身体の弱った彼が入門した時には先輩レスラーに「今まで何してたんや」と聞かれる始末であった。

 彼はとにかく「死」を仮定する男である。
 現在、プロレスラーとして戦う傍ら、バーの経営もしている。ある日彼の店のお客さんが同じビルにあるぼったくりバーに引っかかってしまった。高額請求をされ、監禁されているとの連絡が入り、助けに行った。その際、やはり最悪「死ぬ」ことも考えて、もし20分以内に何の連絡もなかったら警察に通報するように知人に頼んで出ていった。よく考えてみたら、プロレスラーであるムキムキの男性が乗り込んで来たら、相手の方が逃げ出すだろうが…。結局、死の危険はなく、警察も来て話し合いとなった。事情聴取で、警察官に職業を聞かれ、「プロレスをやっていますが、収入のほとんどはバーです」と答えると、「じゃあ飲食店勤務ね~」と言われた。少し切なさを感じながらも、こう仮定した。
 
 「もし犯罪を起こしても、プロレスラーとして名前が出ないなら、プロレスに迷惑をかけることがない」と、安心もした。

 これは笑い話でもあるが、プロレス業界でも、芸能界でも当たり前に言えることでもある。「その道で飯を食っていく」ことを、誰しもが最初に目指す。名前が売れていない芸人やタレント、スポーツマン、ダンサー、歌手等は、ほとんどの場合ギャラが安い。プロレスでいうと1試合あたり10,000~15,000円だそうで、毎日戦っても30万程度にしかならない世界。しかも、ケガは当たり前で、命の危険もある。そんな中で戦うプロレスラー達の、言葉にならない(できない)叫びが試合の中に凝縮されている。

 『どの選手にも個性と人生があるので、もし、試合の中にそれぞれの生き様や本質を見ることが出来たとしたら、面白いと思います』と彼は仮定した。


☆3つ目のカテイ
 
 3つのカテイの中で、彼が一番大事にしているものは、間違いなく【家庭】だ。
 
 マスクマンに興味のなかった彼は最近、別の意味でマスクに興味を持ち始めている。プロレスラーは危険な職業であるため、保険に入るには高額を払う必要がある。家庭がある以上、保険は絶対である。もし、マスクを被っていたら、本名を名乗らないため安く保険に入れるのでは、と考えているのだ。1回引退して、マスクマンとして…と家庭のためにプロレスラーとしてのキャリアは厭わない彼の思いは、たぶん正しいはずだ。
 さらにその思いは現在のコスチュームにも表れている。新しいものを作りたいが、4人の子供を養っていて金銭的に苦しいため、「クラウドファンディング」で出資金を募った。5万円出資してくれた人には、特典としてコスチュームのデザイン権を与えるという条件を付けた。結果、全体では10万円ほど集まり、5万円出資してくれた人もいた。その方はアスリートに仕事を斡旋したり、引退後のキャリア支援をしたりする会社をされているそうだ。その方のアイデアで「応援されている感」を出した方がいいと、ズボンに協賛やスポンサーの名前を入れた。加えて、彼は家庭円満を願って、奥さんとお子さんの名前も入れた。喜んでくれるだろうと意気揚々と報告すると、奥さんに

 「個人情報をさらすな!」と一蹴された。

 彼は家庭と言うリングでは負けっぱなしである。しかし、家庭がすべてのエネルギーの源となっていることも確かだ。

 プロレスだけでは生活が苦しく、バーを深夜までやって体力がキツいけど、家庭でも詰められるという四面楚歌の状況をどう打破していくのか。三つのカテイを大事にしながら、これからも内田祥一は戦い続ける。

私はその生き様を見るために、プロレスに行きたいと思った。

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訓練

フライヤー 

訓練


高島 麻利央


「訓練」
[名](スル)
1 あることを教え、継続的に練習させ、体得させること。
 例「きびしい―にたえる」「―して生徒を鍛える」
2 能力・技能を体得させるための組織的な教育活動のこと。
 例「職業―」

 僕は、今年の春から新入社員として働いている。とは言っても新卒ではなく、第二新卒だ。
表向きは留学をしていて半年卒業が遅れたことになっているが、プロレスが好きすぎて本場アメリカで見たくなって行っただけだ。アメリカで覚えたのは、プロレスのチケットの買い方と、技の名前と掛け声ぐらいなものだ。

 そんな僕でも思いのほか就職活動はスムーズに行き、3社受けて第一志望の会社に入社できた。実は僕は新卒向けの職業訓練に通っていた。いわゆるビジネスマナーであったり、PCスキルであったりを一通り教えてくれる場である。もちろんそれに通っただけでは内定はもらえないのだろうが、自分自身の中に「訓練」というものが根付いたことが、一番の収穫だったように思う。
人生は訓練なのだ。継続的に練習し、体得する。生きている限りこのサイクルは続いていくのだと実感した。そして、面接でこの考えを力説したところ、とても反応が良かった。

 会社に入ってからも訓練の連続だ。まずは新人研修と言われる訓練。ここでもビジネスマナー、そして仕事の必要な様々な知識を叩き込まれ、ロールプレイングを行っていく。あらゆる場面を想定して、より実践に近い環境の中で経験を積むことでスキルを上げ、現場に生かす土台を作るのである。他の会社で働いたことがないので分からないが、友人の話を聞く限りは、僕の会社は訓練が多いようだ。そして入社して半年が経つが、まだ現場に立ったことはない。

 ある日、けたたましく警報ベルが鳴り響いたことがある。社内アナウンスで「火事です。火事です。3階の食堂で火災が発生しました。落ち着いて避難してください」と流れた。どうせ訓練だろうと思うかもしれないが、半年の間に避難訓練は5回ほど行われていて、その全てに事前に通知があった。この時の通知はなく、いよいよ本番が来たかと気合が入ったくらいだった。いつもの訓練通り、一番近い非常灯のあるドアへ向かい、押さず、走らず、しゃべらず、社外へ避難した。社員全員が段取りよく避難しており、また、会社の前で部署ごとにきちんと整列をしていた。僕自身、会社に入って初めて訓練が生かせた瞬間だと思った。
すると社長が出てきて、「これは訓練です」と言った。どうやら年に二度ほど、サプライズ避難訓練を行うらしい。ちょっとがっかりしたが、訓練通り行動できたことは自信にもなった。

 ある休みの日に僕は彼女とデートをすることになっていた。やはり社会人になってからは忙しく、2ヶ月ぶりに彼女に会えるので、とても楽しみにしていた。海の見えるレストランでイタリアンを食べながら、お互いの近況報告をしたり、最近ハマっているテレビや歌の話をしたりして、いつもと変わらず楽しく過ごしていた。彼女がトイレに立ったあと、テーブルの上の彼女のスマホが鳴り出した。画面に出ていた名前は「ナオキ」。僕の名前は「祥二」で、彼女はフルネームで「中田祥二」と登録していたはずだ。

 僕は迷わず電話に出た。
「・・・・」何も言わずに待っていると
「エミ?今日何時に家行ったらよかと?」博多弁でナオキが言った。
「あとでかけ直します」僕は静かに言って電話を切った。
 すると
「祥二、次どこ行くー?」とエミはトイレから笑顔で戻ってきた。
「別れよう」僕はエミに言った。
「ちょっと?どうしたの、急に??」エミは動揺していた。
「あとでナオキさんに電話しておいて。別れたよって」僕は会計を済ませ店から出た。エミは追ってこなかった。

 僕は駅に向かう道で、高鳴る気持ちを抑えようと深呼吸をしながら歩いていた。正直、興奮していた。誤解しないでほしいが、怒りからくる感情ではない。
 訓練通りに出来たのだ。ようやく、訓練を実践で生かすことができた。僕の会社では、彼女が浮気をした場合の訓練も行っていた。浮気相手と思しき男から電話があったら、迷わずに出て、「かけ直す」と告げる。そして彼女には「別れよう」と言う。「浮気をしたら即別れる」訓練通りだ。

 彼女と別れたので次の休みの予定がなくなり、久しぶりに大好きなプロレスを見に行った。しかも会社の優待券をもらえたおかげで、アリーナ1階の最前列に座ることができた。やはり日本のプロレスはいい。情緒がある、哀愁がある、趣がある。と、喜びに浸っていると、僕の注目カードが始まった。押しつ押されつつの攻防。ついに場外にまで飛び出してきた。すると僕の好きなレスラーが目の前に倒れ込んできた。僕は心配で彼の顔を覗き込むと、目がバチッと合い、「来い」と合図をされた。僕は一瞬身体に電気が走った。しかしそうすることが元から決まっていたかのように、僕はゆっくりとシャツを脱ぎ、リングに上がり、相手レスラーにラリアットをかました。それがキレイに決まり、会場がどよめいた記憶を最後に、そこから意識は途絶えた。

 気がつくと僕は楽屋に寝ていた。僕の好きなレスラーが「大丈夫か?」と聞きながら水を差し出してくれた。水を受け取り、一気に飲み干し、自分の身体の無事を確認し、「なんとか」と返事をした。

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8/5麻利央書店オープンします!


何だかドタバタして過ごしております。

みなさんはいかがお過ごしですか?



8月5日に第3回イベント行います。


8月5日(水)
フリライターまりおの取材してるふり。


Pre-event 19:15
start 19:30
@なんば紅鶴

http://benitsuru.net/
¥1,000- (1drink別)
出演 / 高島まりお
ゲスト/内田祥一(プロレスラー)

http://bar-bbb.com/




そう、今回はプレイベントを実施します!


このイベントがよりイベントらしくなるよう、
名プロデューサーがお力添えをして下さってます!


ロゴ

実は今回、「麻利央書店」という、
ブランドを立ち上げました。


ファンページをFacebookに作りましたので、
チェック&いいね!をお願いします‼

https://www.facebook.com/groups/845081378910029/



フライヤー

8月5日用のフライヤーもあります!
プリントはしませんが、イメージ画的なチラシです。



本屋さんに行ったときの、
どんな本と出会うかのワクワク感や、
こんな本があったのかという驚きや、
紙の匂いや働く人の雰囲気とか、

そういういろんなものを楽しめるイベントにしたいです。


そして、もちろん、私は記事だけではなく
物語や詩、エッセイも書いていこうと思っています。



そして今回はビッグなお知らせもあります\(^-^)/


とりあえずは、、
8月5日のイベントに来てください!



Facebookページで
様々な情報をUPしていきますよ~☺



フリライターまりお

テーマ : 展示会、イベントの情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

科学教の伝道師

イベント2回目のゲストであり、取材対象である「アニワギはかせ」さん


イベント会場なんば紅鶴のオーナーである、ぶっちょカシワギさんの実のお兄さん(=兄ワギ)で、博士号を持っているのでその名前がついたという。見知った人からは、「お兄ちゃん」とも呼ばれていて、私自身もそう呼んでいる。紅鶴でよく顔を合わせるし、話もしたことはあるが、どんな経歴を持ち、どんな人なのかは案外知らなかった。そこで、Twitter(@a2wagi)をチェックすると、「本職は化学者」と書いてあった。
化学者・・・考えてみると、私の知り合いにはいない。どういう環境で育ち、どういう教育を受け、どういう思考を持つ人が科学者になるのだろう、なれるのだろう、私の頭上にハテナが浮かんだ。


私は人の人生について聞くのが好きだ。どうやって今があるのか。なぜ今ここにいて、この仕事をしているのか。それはおそらく私自身が答えを出せていないからなのかも知れない。もしそのことを聞かれたら、一応の答えは用意している。だけど、しっくりきていないのかもしれない。もしくは理由はもっと他にあるのかもしれない。そんなことを考えながら、アニワギはかせに自身の人生について語ってもらったのである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『勉強三昧の小学生。トップであるという成功体験』

僕は小学校からものすごく勉強ができました。そのルーツはハッキリしています。実家が学習塾だったんです。父は元々科学の出だったのですが、若いときに起業をして今で言う「ヤンエグ」つまりヤングエグゼグティブ、青年実業家ですね、それになりました。バイクのタイヤパンク防止剤を開発して売り出しました。だけど、大手企業がそこに乗っかってきたり、時代の流れとともにバイクは流行らなくなったりしたこともあって、友達と共同という形で学習塾を始めたのです。
父は僕を一つ上の学年のクラスに放り込みました。小学校3年の時には4年のクラスに、5年の時には6年のクラスに、という風に。僕は常に一番だったし、満点だった。勉強に対する嫌悪感がないと言ったら嘘になりますが、勉強ができるのは単純に嬉しかったのです。子供を勉強させたいと思うなら、とにかく誰かに勝ったという体験をさせることが一番です。一番になった、誰かに勝ったという成功経験があれば、それを維持しようと頑張るのが子供なのですから。


『トップから転落。そこで見えたもの』

僕は中学受験をして、学年8位の成績で私立の中高一貫校に入りました。だけど当時流行っていたゲームボーイに夢中になって、高校1年生のときには下から8位になっていました。それぞれの学校でトップを誇っていた子供たちが集まって優劣をつける社会ですから、勉強をしなければ自ずと成績は落ちていきます。進学校は残酷です。僕はそこで負けたなりの生き方を学べたのだと思います。
とは言っても、さすがに高校2年生ともなると「ヤバイ」と思いだしました。クラスで頭の良い友人にどうやって勉強したらいいか尋ねてみると「テストが終わってから勉強すれば?」と返ってきました。テストでできなかった問題と答えを照らし合わせて、理解できなかったところを分かるようになるまでとことんやると、教科書の中の大事なところは決まっていることに気づきました。僕は敵の見えない広場で闇雲に戦うのは嫌だったので、2年間全ての定期テストで赤点を取ってもいいから、出ると分かっているところを徹底的にマスターすることに決めたのです。その割り切りで、実力テストでの出来だけはいつも良く、クラスメートから不思議がられていました。

僕は学生の頃から科学者志望ではありませんでしたが、もともとベタに図画工作が好きでした。工作は、あるものをつくるにはこんなパーツが必要で、どうやったら簡略化できるかが求められます。完成したものに対して、一番上手く動いたものが良いものという分かりやすい答えがありますよね。絵なんかは描こうとしているもの(モデル)が一番の完成形なのに、それをセンスよく描くことが求められ、評価は先生の好みによるところが大きいのが苦手でした。理屈がつけられないものは嫌いなのです。


『大学での転機。研究の面白さとの出会い』

大学は結果的に科学的なところに行きましたが、僕はどの学部に入っても多分それなりに面白い、なんでも頑張れるからいいや、と思っていました。日本の高校生が抱いている”自分の好きなこと”なんてマヤカシですから。
結局、受かった中で入学金の安い公立大学の応用化学系の学部へ進学しました。大学に行ってからもご多分に洩れず、授業をサボりました。最終的に128単位で卒業したのですが、それは卒業に必要な単位ピッタリでした。いくら160単位取っても同じ卒業。無駄な単位はいらないのです。ギリギリではなくピッタリなのです。
そうやって過ごしていましたが、実は研究室に入る前に転機がありました。3回生の夏休みの時に、「どうにもこうにも大学の勉強が分からない、面白くない。みんなが研究を面白いと言っているのに、自分だけが面白くないわけがないはずなのに」と立ち止まりました。勉強する気を起こすためには研究の面白さを体験しなればと考え、実際に研究でいい思いをしている人の声を聞くべきだと思ったのです。そこで「月刊化学」という生協で売っていた1000円くらいの本を買いました。ここには教科書とは違う”最新の”化学が載っているので、それを知れば興味が持てるだろうと我慢して1年読み続けました。すると、まんまと面白い気がしてきたのです。

実は教科書に載っていることは現状から考えると20年くらい前の研究です。最新の研究をしている最中は、世界中で一刻を争う熾烈な戦いが起こっていて、研究者たちは教科書を作るどころの話ではありません。いい研究テーマという鉱脈が見つかると、そこにたくさんの研究者が群がってきます。いつどこで誰が自分と同じ研究をしているか、発表をしようとしているか分からない疑心暗鬼に駆られながら戦わなければいけない世界です。
現代は大学の先生にはほとんど終身雇用がなく、5年とか7年とかの期限つき契約で雇用されています。その短い間に世界中の見えざる天才たちとの激しい研究闘争を掻い潜り、論文を書き、認められてようやく次の契約に有りつけるのです。そんな天才ばかりの中で戦い続ける大学の先生たちよりキツイ仕事を僕は知りません。

僕は分からないことがあると勉強する気が起きるのです。
「月刊化学」を読んで、世界中の分からないとされていることに対し、こんなアプローチであんな研究がされていて、ここまで明らかになったということを知ることができました。世の中にある分からないことを貯金していこうと、毎月丹念に読んでいると自分の中に引っかかる案件が出てくることに気づきました。そして1年経つとなんとなく世の化学のトレンドとその背景、例えば新しい機械の発明や事件・災害などが起きていたこと、が見えてきて、そうなると自分にも何かできるかも思えてくるのです。
当時僕は「人工光合成」つまり光エネルギーをいかに貯めるか、ということをやらなければと思いました。実際に90年代前半から今までずっと流行っている分野です。日本はもともと資源の少ない国だし、石油枯渇問題もあって、再生可能エネルギーや太陽電池の必要性が取り沙汰されていた時代でした。当然国の予算もそういうところに投入されているので、そこから20年は光エネルギー変換の時代であったと言えますね。


『丁稚奉公と承認欲求』

4回生で研究室が決まって人工光合成に絡む光エネルギー関係のテーマを選んで研究を行いました。研究というのはつまり「丁稚奉公」です。丁稚奉公はキツイですよ。朝9時頃には学校に行って、実験したり、関連論文を探して読んだりして夜9時か10時くらいまで過ごし、ご飯を食べて帰るだけの毎日です。
化学の世界は新しいテーマに移行しにくいので、先生がこれまでに成果を出してきた延長上の仕事をするのです。つまり、どんないいデータを出しても手柄は先生のものです。結局僕は人工光合成に絡むエネルギー関係のテーマを選びましたが、うまくいかず路線変更しました。大学を卒業し、大学院に進学しましたが、あまりテンションの上がらないテーマをやり続けることになりました。ですが、自分のやりたいテーマではなくても、研究は必要であり、世の中の役に立つことだと思っています。何かしら世界へ先駆けて新しいことを行っているという確信はあります。モノを知らない大学生が自分の興味のあるテーマに行き着く可能性なんてかなり低いので、好きではないことも好きになるというルートを選ばなくてはいけないのです。今好きじゃなかったとしても、本気で取り組んでみないと分からないでしょ。だから「自分が楽しいかどうか」に正直になってはいけないと思います。

人間というのはどこまでいっても人に褒められないと嬉しくない、つまり「承認欲求」を持っています。自分が他人に勝てるもの・ところがあることが大事です。承認欲求は定義を拡大することができます。勉強に限らずなんでもそうですが、ちょっと他人より抜きん出ることで褒められる場所が見つかります。それは評価基準を自分が決めるではなく他人に委ねるという諦めでもあります。人は常に何かを失敗して生きていくもの。自分の満足を自分で設定していると、失敗したらその度に自分自身を責めることになり、出来ることは減っていきます。失敗してもいいやという許しをどこかで得ないといけないわけです。それを人の判断に委ね、価値観を広げることが必要なのです。


『無敵の論文マスター、科学者になる』

その後、国立大学の博士課程に進みました。卒業には3年間で最低3本論文を書く必要があります。とにかく研究を一歩でも進めないといけないという不安と焦燥に駆り立てられ、1年のうち5日しか休まなかった年もありました。2年目の終わりに論文を1本書き上げ、3年目の7月に無事3本書き終えたのですが、この頃には論文を書くのが面白くなってきました。残りの8ヶ月でさらに論文8本分のデータを出し、最終的に修了(大学院は卒業ではなく修了)時点で7本の論文を掲載、11本分のデータをまとめました。他の大学からの編入で11本分のデータは尋常ではないと言われていましたが(笑)。でも丁稚奉公ですから、先生の研究テーマがよかったんですね。ただ、この「論文を書く」という作業にはコツというかギアの入れ方があって、これに開眼しない人間はプロにはなれないのだと思います。最初に書いた3本の論文の研究データの中で足りないものが見え、新しいテーマが生まれます。それを潰していくことで、さらにテリトリーが広くなり、この繰り返しで研究は続いていきます。研究者にとって、いいデータが出ることが成功体験であり、麻薬のようであり、追い求め続けることにつながるのです。

無事、博士号を取得し卒業して、科学者になりました。それはつまり公務員です。「科学者」という職業は正確にはないわけですが、「科学者」といえば大学の職員と地方自治体・国の持っている研究所の研究員のことでしょう。企業の研究員は「社員」です。
採用試験では30倍の倍率を勝ち抜いての採用でした。僕には当時、簡単には負けないだろうという「無敵感」がありました。面接で大事なのは、面接官の気持ちが分かる、ということ。企業が採用したいと思う人物を演じることが出来たのです。企業には意図があって、その判断基準の元で採用か否かを決めます。頑張った分だけ、熱意を伝えた分だけ、認めてもらえるなんてことは世の中にはないのです。ただ現実はそうでも、どこかで見てくれている人や評価してくれている人は必ずいると思うことで、割と無敵感が出てくるんですけどね。
現在、私は学校の理科室が大きくなったような研究室で、世の中の人が思う化学者のイメージ通りの例えばフラスコでAとBを混ぜてCを作る、みたいな実験をしています。そうやって役に立つ新しい物質を生み出そうとしています。


『目指す未来。理系思考の伝播』

僕は常に、「あらゆることは論理的に捕らえよう」という切り口でイベントを行っています。「日本の全国民が理系の思考能力を獲得する」ことがゴールです。
そう思うのは、理系の思考を持ったほうが世の中がおもしろく見えると思うからです。ほとんどの人はそのことに気づいていない、気づかされていない、気づかせてもらっていないのです。ここを教育に頼るのではなく、子供を教育するのは親なので、理屈っぽい子供を育てようと思ってもらえるように、これから親になる世代に広めていきたいです。日本を盛り上げるのに一番大切なのは親ですから。

文系の人は、何でもかんでもちょっとわからないことがあると目をつぶったり、「難しい」と言って終わらせたりする悪い癖があると思います。それをすると対策が立てられません。なぜ「難しい」のかを考え、問題を分割してどこから攻めていくか考えていくべきです。難しいといって終わらせることは解決する気がなかったということ。考えられるべきところは人任せにせずに、考えていこうよと言いたいです。極端な話、誰でもイチローになれるのです。彼は神の子ではなくて、努力や環境が上手く作用して、あのような選手になったわけで、本質的には変わらないのですから。
「難しい」というのは日本人病であって、良しとされている言葉、つまり「玉虫色」です。(見方や立場によっていろいろに解釈できるあいまいな表現などをたとえていう意味)日本では建前を取り繕って誰も悪者にせずに終わることは良しとされています。それは、本当は見えるのに見えないことにしていることでもあって、世の中をつまらないものにしていると思います。
難しいことや分からないことが生まれた時に、即座にその場で解決すると賢くなりますよ。やっているうちに調べるスキルもつきます。できなかったら人に聞いてもいいのです。自分ひとりで解決する必要はありません。それが理系の脳につながります。日頃から解決する習慣をつけていくと、どこに行ったら必要な知識があるか、手近な知識を連結させて引っ張ってくる力も確実に身についていきますね。


『科学とは?』

科学は宗教です。この世の中でキリスト教よりも猛威を奮っている宗教です。
みんな、科学的にいつか全て解明されると信じているでしょ。
「科学とは、徹頭徹尾、神の存在を否定するという教義を持った宗教」と言われます。科学は「神がいない教」なのです。科学は神がいないとして、すべてのことを説明できるのかという取り組みを行っていて、今のところほとんど矛盾がなく成功しています。キリスト教・イスラム教・仏教など他の宗教と比べ、はるかに矛盾が少ない宗教ですからね。

布教活動として、科学を啓蒙しているのは会社の外ですね。僕は理系の思考能力を持った人が一人でも多くなるような活動を地道に続け、死ぬときに「日本人は全員理系になったなぁ」と思って死にたいのです。

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次回イベント(3回目)のお知らせ

7月1日の2回目の取材イベントにお越しくださった皆様、
本当にありがとうございましたヽ(・∀・)ノ

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アニワギはかせをゲストにお招きし、公開取材をさせていただいたのですが、
まだ記事をUPできておらず申し訳ありません。
今ご本人に内容を確認頂いておりますので、まもなくUPできると思います。


実は、様々な事情(という言い訳)がありまして、
その話は次のイベントの際にでもお伝えしようと思っております!


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打ち合わせ中のフリライターまりお


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打ち合わせ中(?)のアニワギはかせ




楽しみにしていて下さる方がいることを信じて・・・



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アニワギはかせが作った、アクリル板1枚で作れるけん玉


アニワギはかせの出演するイベント青春あるでひどはこちらでチェック!
http://www.dehido.com/


なお次のイベントは8月5日(水)です。


その際にいろんな発表(新しい試みやご報告など)をさせて頂ければと思っていますので、
お時間許します方はぜひ、お越しくださいませ。


それでは記事が出来上がるのを、気長にお待ちください。

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プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

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