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明後日を夢見る音楽家


今回のゲストは、もうかれこれ4年以上の付き合いになる音楽家の安井麻人(やすいあさと)さん。

どのような方なのか、ある程度分かっていたはずだが、取材を終えて感じたのは、「よく喋るなぁ」ということ。つまり、こんなに話す安井麻人を私は初めて見たのだった。

それは明確な理由があった。麻人さんはあることに憤りを感じていたからだ。


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(1)職業名「音楽家」について

最初に私は麻人さんに「音楽家とは?」という疑問をぶつけた。
一般的な認識として、音楽家とは「音楽を作る」「楽器を弾く」ことを生業としている人々のことと捉えている人が多いのではなかろうか。麻人さんが後にも紹介する国勢調査の日本標準職業分類によると、音楽家とは「作曲・演奏又は演奏の指揮に従事するものをいう」と説明があり、事例としては、作曲家・編曲家・歌手・ピアニスト・尺八師匠・雅楽囃師などとなっている。

麻人さんは「そもそも音楽って何なんだろうな、と自分自身思うことがよくあるんです」という。そういう感覚を持つ中で「音楽とはこういうものなのではないか?と自分自身で考え、音を聴き、関連書籍を読んだり、音楽の実体験としてコンサートを見たりした結果、例えば今現在、自分の中での音楽はこれなんです、というプレゼンテーションをするのが音楽家なんじゃないかな」と答えた。つまり音楽家の概念を「日常的に音楽について考え、作っている人のこと」だと解釈している。
さらに、「僕は、誰も見向きもしないような事柄や人知れず理解もされずに存在するような音さえも、これも音楽ではないのか?というプレゼンテーションをしたいんです」と付け加えた。「そうやってプレゼンし続けている間に新しい音楽って言うものが生まれてくるというか、広く一般にも認識されてくるんじゃないかな?って」と言う。

彼は音楽を聴くときに、歌詞は頭になく、なんならメロディもほとんど聴いていないという。いったいその音楽は、なにで音楽が成り立っているかを聴いているのだと言う。例えば、あるハーモニーはバイオリンやコントラバスで奏でられているのだが、それぞれの楽器の音色の溶け具合、またそこで奏でられている例えばアコーディオンによるメロディの音量とのバランス、ハーモニーとメロディ、楽器の音色とのミックス感、といったようにだ。そういった音全体に興味と関心があり、そこを聴いているのだそうで、ほとんどの場合、歌詞、歌のメッセージは、その脳内処理においてスルーされているそうだ。
また彼は独学であってもいくつか音楽を作ったり演奏したりしているうちに、誰しも、音楽の在り方(作曲の原理や方程式のようなものや、演奏のコツのようなもの)に気づくのだと言う。アマチュア時代のそういった経験を通じて、さらに「メロディ」と「歌詞」にこだわって作って歌い続けていく人はシンガーソングライターになり、ギターやピアノやサックスなどといった「楽器」と「身体」が一体になったかのように演奏に磨きをかけて行く人はプレーヤー(演奏家)となっていくのではないか、と考えるようになった。

「音楽家」は英語で「musician(ミュージシャン)」であるが、どういうわけか、ここ日本で「ミュージシャン」と言えば「player(演奏家)」という意味に捉えられがちである。本人曰く、音楽家であると自己紹介すると、必ず「ミュージシャンなら楽器は何をやっているんですか?ギターですか?ピアノですか?」といった具合に質問されるのだそうだ。しかし言葉の意味からすれば、演奏する者は「プレイヤー」であり、それは音楽家というよりも演奏家と言うべきだ。ここまで話して、彼は「つまり音楽家というのは、音楽の事そのものについて考え、音楽を作っている人のことなんだ」と。ところが、このような話をしていると「芸術家のようですね」「つまりあなたはアーティストなのですね」と言われることも多いと言う。実際、麻人さんは「芸術としての音楽を作りたい」とも考えているようなのだが、それでは「芸術家」が職業になるのかと言えば、この日本では芸術家、アーティストという職業は存在しないことになっているのだという。

それは『国勢調査』における先述した日本標準職業分類によれば、「芸術家」の項目が見当たらないからなのだそうだ。国勢調査が行われる度に、職業欄から自分の職を選択するわけだが、音楽家や画家の分類はあるのに「芸術家・アーティスト」という欄はないと言う。何故そのような項目がないのか、ハッキリとした理由はわからないのだが、「音楽家」を「作曲家」と「演奏家」に大別することによって、大方職業を分類できる為なのだろう。そこで彼も職業名を考えた末、現在は「音楽家」を選択しているのだそうだ。ちなみに職業分類の中で「音楽家」は、「作曲家」と「演奏家」に大別されているものの、実際に仕事をしてゆく中では、そのどちらも兼任せざるを得ない状況にあるという。ただし職業分類に従って、どちらかと言えば、作曲家(作り手)に近い立ち位置でありながら、ライブやコンサートなどでは演奏も手掛けているとのこと。ただ、サウンドアートと呼べる表現手法では、制作した音楽作品をギャラリーなどに展示する機会もあり、これを「作曲」「演奏」と二分して分類させようとする国勢調査のやり方は理解しかねるという。麻人さんの話を聞くに連れ、こういうところに彼は社会への憤りを感じているのだと私は感じるようになった。


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(2)生い立ちから

麻人さんの生い立ちについて質問すると、そもそもお姉さんの影響からお習い事としてピアノを習い始めることになったのが最初だという。ところが当時の時代は昭和末期。小学生時代には男子がピアノを演奏するなんて女々しいというような児童間での風潮があり、またピアノが弾けるようになる楽しさはあったものの、あくまで習い事としてのピアノのレッスンには、嫌気が差したこともあったとか。
更に小学校時代には地域のジュニアブラスバンドでユーフォニウム(現在はユーフォニアムと言われることが多い)も担当した。ユーフォニウムと言えば今ではTVアニメ『響け!ユーフォニアム』(京都アニメーション)でもメイン楽器として取り上げられ、花形というイメージも強いが、当時はチューバのように目立って大きいわけでもなく、またホルンのように丸く愛らしくもなく、中途半端で不格好に大きめな楽器の形に、目立たない中低域の音色があまり好きになれなかったともいう。それでも今では大好きな楽器のひとつだというから、子供の楽器に対する視線というのは不思議なものだ。

中学に入学して、先のジュニアブラスバンドの先輩と再会したことから、吹奏楽部へ半ば強制的に入部させられたそうだが、当時の麻人さんはジャズのトランペットに関心を持っていたこともあって、担当楽器をトランペットにしてもらうことを条件に入部したそうだ。ここで、麻人さんと共に活動をしているテクノユニットA.C.E.のメンバーでもあり、現在はタンバリン博士として活躍している田島隆氏との出会いがあった。彼との交流を通じながら、シンセサイザーやエレキ楽器を使ったエレクトリック・ジャズやフュージョン、そして電子音楽やテクノの存在を知った。はたまた田島氏が小学生時代に作曲したという曲を聴かせてもらったことから「音楽は自分で作曲できるもの」という認識に至るようにもなった。それまで麻人さんにとって音楽は「聴く」「演奏する」ものであって、「作曲する」ものという考えには至らなかったそうだ。

高校ではこの田島氏の誘いから軽音楽部に入部。その傍らで人数が足らず廃部寸前の吹奏楽部を兼任しつつも、またある同級生の頼みからこれも廃部寸前の文芸部を手伝うようになり、活字の世界も楽しみ始めるようになる。読書を通じて、言葉としての音楽的インテリジェンスがあることを知るようになった。また彼はもともとピアノのレッスンを通じてクラシック音楽に親しんでいたこともあり、自ずとポピュラー音楽よりも理論や思想などで作られることが多いアカデミックな音楽を嗜好しはじめるようになった。

実家から身近な場所で現代音楽や電子音楽を学ぶ為に、大阪芸術大学音楽学科音楽工学コースに入学。在学中は、麻人さんの先輩で、まだ起業したばかりだった株式会社フェイス(近年は日本コロンビア株式会社を買収したことでも知られる)のCEOである平澤創氏のもとから音楽業界でアルバイトを得て、田島氏と共にテクノバンドA.C.E.としても本格的にバンド活動を始め、また作品発表・展覧会などにも出品したりするなど、音楽家としての活動を始めた。大学卒業後は、当時、生活環境学部を準備中で京都大学名誉教授の多田道太郎氏を迎え生活美学研究所を備えた武庫川女子大学大学院家政学部修士課程にて、サウンドスケープやサウンドデザインについても論考した。

大学院を出た後は、パトロンを得て本格的に創作活動に勤しむ「芸術家」になりたかった彼だが、社会は資本主義。パトロンを得られなければ、どこかで収入を得ないと生活できない。つまり、売れる音楽を作るか、換金できる音楽を作るしかない。90年代、空前のインディーズファッションブランドブーム(ビューティビーストやトライベンティなど)の最中、彼は偶然そういったブランドのファッションショーの音楽に携わることになった。また大学時代アルバイトの縁もあり、CM音楽などを手掛けながらお金を得てゆくのだが、やはり本当にやりたいのは現代音楽である。それはこれまで誰も考えたことも、聞いたこともないような最前衛の音楽を作っていく世界であり、前人未到の世界を提示するのが現代音楽の仕事。ヒットチャートとは無縁の世界ではあるが、実は映画やCMなどで使われている音楽は、現代音楽だったりするのだ。


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(3)前衛的音楽について

しかし、日々色んな情報が入ってきて、知れば知るほど何が前衛なのか分からなくなる。ほとんどのことは誰かがすでにやっているし、この情報社会で何も知らずに作ろうとするなんて出来ないのである。アニメにしろ、デザインにしろ、音楽にしろ、もしかしたら二次・三次制作、パクリ、ゴーストライター問題が最前衛という時代なのかもしれない。

彼は「うまくいった」という時はアートとしては面白くないという。見る人にとって分かりやすく、なるほどと言われるものは、現代音楽的には失敗だと考えている。自分がうまくいったと思った時点で前衛でなくなる、と。この考え方は周囲には間違っていると言われることが多いそうだが、では間違っているからと言ってダメなのか、というと、案外そうではないのではないか?とも彼は考える。そういう意味でも、今の音楽家が求めるものは「(ポピュラーからアカデミックまで多くのジャンルと、美術や映画といった多ジャンルにまで精通し、思想と哲学といった深い知性をもちながら、一般大衆に向けた言葉で)説明してくれる人」(批評家)であるのではないか、と更に彼は考えている。
エンターテイメントの世界でもアカデミックの世界でも、作家は、作品の完成や終わりを感覚的な部分で作っているところがあり、その意図を自身では厳密に説明できない。そこで作家に代わり、冷静に作品の価値を見極め、解釈し、哲学的な論法で世間に示唆してくれる存在が必要なのである。
これは「作家」がいて、「批評家」がいて、それを「広める者」(例えばバイヤー)がいて、世の中に作品が流通するという、アートの世界では昔から存在する形態なのだそう。彼はそんな人物が現在の音楽業界にも現れればと願いながらも、180度変わりつつあるアートの世界に、やはり憤りを覚えつつも、また一方では期待感を寄せてもいる。
その変わりつつあるアートのひとつは、YouTubeなどの「やってみた」シリーズからヒントを得られるのはではないか?と思い始めたようだ。

麻人さんは二十歳の時に一度、一切の楽器演奏を止め、そこからは楽器に頼らない別な音楽表現を模索し、音楽制作をしてきたという。この間に音楽はパソコンがあれば制作できる時代となり、そして今やスマホがあれば作れる時代へと変貌した。音楽表現の技術的な問題については機械が底上げをしてくれるようにまでなった。また何かを作ろうとすれば、音楽理論や和声法のようなある種の知識も必要だったものが、マシンのプログラムが向上すればするほど、知識的な問題も必要性が問われなくなってきた。言い換えれば、技術の底上げによって、エンターテイメントな商業音楽であろうと、アカデミックな現代音楽であろうと、誰しもが平等に技術や知識の壁にぶちあたることなく、気軽に音楽を作れるようになった。
しかしその一方では、例えば「こんなことが出来るなんてすごいね!」といった驚きや感嘆のレベル、モチベーションは下がってきているのではないだろうかと、彼は感じてもいるようだ。どれほどうまく美しく綺麗に作られた作品を体験しても、ある種の感動にまで至らないものもあるという。
その反面、アマチュアが手掛けた「やってみた」動画を鑑賞している時に、酷評されているものに出会うことがある。そういったものの中には、たとえその作品がいかに酷評されようとも、作者の「作りたい」という純粋な気持ちや欲求に正直に動いた結果生まれる、ある種の営利に振り回されない「やってみた」がそこには存在していて、これがある種の感嘆の念を引き起こし、感動に至るものもあるのだと言う。こうした作品との出会いをも最前衛の出会いと考えるにも至ったのである。そう考えるにはあまりにも浅はかではないか?と指摘を受けることもあるようだが、技術や知識があまりにも簡単に底上げされたマシンを使っただけの作品を賞賛するのも同じことだと彼は捉える。

ゴッホの絵やランボーの詩のように誰にも理解されなかったものが、理解できる人、説明する人(批評家)が登場した瞬間に莫大なお金で取引される、これがアートの瞬間である。しかしその瞬間、作品は前衛でもなくなる。
今はまだ多くのものが酷評されている「やってみた」ではあるが、そこに哲学的思想的示唆を与えることにより、それがアートの瞬間として生み落とされることになるのは、「やってみた」なのではと彼の考えは行き着いてもいるようだ。


過去の遺産・遺物でありながら、今も新しい世界を生み出そうとしている『現代音楽』を生業とする音楽家、安井麻人は、最前衛の音楽を作り出そうしている。ただしそれは簡単なことではない。真正面からぶつけるだけではなく、時として斜めから、はたまた後ろから、あらゆる角度から追求しようとする。「youtube」に目を向けたり、彼の考える音楽の世界を説明する為に、批評家、評論家の言葉を探してみたり、これまでの枠に捕われない「何か」を追い求めている。音楽家・安井麻人は、明日を越えた「明後日」へ向って、現代音楽の未来を開拓している最中なのではないかと私は感じている。


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先生バー(後編)

「彼女、可愛いでしょ」

視界の左側からヌッと顔が現れた。
ビックリして後ろに倒れそうになったのを全力で腹筋を使って耐えた。

「昔は美人ドクターとか言われて、テレビに出たりしてたんですよ~」

 頭髪を7:3にピシッと固め、黒縁メガネをかけ、黒のベースに白い水玉の蝶ネクタイをつけたバーテンダーは、思いっきり歯を見せて笑った。年齢不詳だが、四十半ばといったところか。
「次は何にしましょう?」と彼は注文を聞いた。さっき飲んだアラスカが効いていたので、チェイサーと薄めのハイボールを頼んだ。

彼がチェイサーとハイボールをテーブルに置いたとき、ベストに着いた光るバッチが目に入った。
さすがに海外にいた私でも知っている。あれは弁護士バッチだ。

「あなたは弁護士の先生なんですね」

「あ、これ気付きましたか?だけどこれはもう何の意味もありませんね。過去の勲章とでも言いましょうか。アクセサリーみたいなものですよ。ご挨拶遅れました、私、本橋と言います」そう自己紹介して、本橋は話しだした。

✽✽✽✽✽

 まぁ、そのかつては弁護士でしたよ。僕が小さい頃、母親がいつもDVDでドラマを見ていましてね、2000年代にブームだったHEROっていうドラマでした。それに影響されて、弁護士になりたいなぁと小学校の頃からなんとなく思っていました。でもね、中学生の時にHEROの新シーズンが始まって気づいたんです。HEROって、検事の話だったんですよ。幼かったんでよく分かっていなかったんですねぇ。まぁでも、そのまま弁護士を目指しました。運良く浪人せずに志望大学の法学部に入って、法科大学院へ進んで、司法試験にもストレートで合格して、弁護士事務所で働き出しました。

 実際はドラマのネタになるような刑事事件はほとんどなくて、離婚問題、相続問題、借金・破産という自分の人生においては関わりたくない事例と毎日のように向き合っていました。
 あのね、間違ってはいたんですけど、昔見たそのドラマの主人公、えっと、あぁ演じていたのは木村拓哉です、あ、お客さん知らないかな?あ、知ってます?その人柄というか仕事への姿勢っていうのはすごく印象に残っていましてね。納得いくまで調べ上げる、事件の大小に関係なく取り組む姿は僕もモットーにしていたんです。

✽✽✽✽✽

と、少し胸を張って言ったかと思うと、本橋は急に顎に手を当て考え事を始めたのか黙った。
沈黙に耐えるために、ハイボールとチェイサーをゆっくり交互に飲んでいたら、

「あ、そうだ!久利生検事だ。その木村拓哉が演じている検事は、久利生って言うんですよ。」と本橋は叫んだ。

✽✽✽✽✽

 久利生検事はね、金髪にジーンズの出で立ちと、その破天荒な行動から最初は煙たがられちゃうんです。普通、検事っていうのはデスクワークが多いんですけど、彼の場合は自分で調べに行っちゃう。時に出過ぎた行動をしちゃうこともあってね。だけど、次第に仕事に対する熱意を同僚が認めて、信頼しだすんです。

 僕もそんなモットーを貫く弁護士になろうと一生懸命事件と向き合ったんです。そしたらね、噂が噂を呼んで、事務所に僕宛の仕事の依頼が増えましてね。まだキャリアは浅かったんですけど、独立することにしました。新しく事務所を立ち上げてからも、「本橋先生だけが頼りです」と過去の依頼者やその紹介を受けた方が僕を頼って訪ねてきてくれる。嬉しかったですよ。忙しいながらも事件の大小問わず取り組んでいましたが、どうしても大きい事件に割かれる時間が多くなるでしょう。比較的小さい案件を処理するのをすっかり忘れましてね、それがクレームに繋がりました。とても私を信頼して下さっていた依頼者だったっていうのもあって、「信じていたのに!」と必要以上に騒ぎ立てましてね。体調もあまり良くなかったというのもあって、ちょっと熱が冷めるまでと、一旦事務所を休むことにしました。

・・・その時に、ある人物がコンタクトを取ってきたんです。

✽✽✽✽✽

本橋はここからが本番だと言わんばかりにニヤっと笑いながら、人差し指を立てて「1」作り、顔の前に突き出した。
その手をゆっくりと自分の目に持って行って
「このコンタクトじゃあ、ないですよ、ハッハー!」とくだらないダジャレを言い放った。
私は肩の力が抜けて、少し話を聴く気が失せたが、彼は話を続けた。

✽✽✽✽✽

 ま、冗談はこのくらいにして、その人物は国、つまり政府の人間でしてね。今後、裁判に「あるシステム」を導入する話が進んでいるので協力しないかと言われました。人が人を裁くのはリスクが大きい、大きく法律は変わっていないのだから、過去の事例をデータベースに落とし込んで、コンピュータで裁判を行えるようにしたい、どうしても発生してしまう誤審を無くしたい、とそんな話でしたね。弁護士や検事、裁判官の考えや経験によって左右されることのない平等な裁判を行うために必要なんだと言っていました。

 実際、死刑については今も執行を容認する派と反対派と議論が耐えません。
加えて、2009年から実施されていた裁判員制度も問題が多くありました。三十年前くらいに残忍な事件の裁判員をされた方がストレス障害を起こし、今も苦しんでいると聞いたことがあります。

 そんな話もあって、確かに人が人を裁くこと自体が無理だったのかもしれない、とも思い始めましてね。だから、その裁判のシステム導入に協力することにしたんですよ。
 指定の場所に行ったら、周りが全く見えないバスに乗せられてある施設へ連れて行かれましてね、そこには知り合いの弁護士や、テレビにも出ている有名な弁護士も乗っていました。
政府の人間は、協力を要請してきた時の丁重な姿勢と打って変わって、急に上からものを言うようになりました。
弁護士なんて今の時代には必要のない仕事だとか、「先生、先生」と呼ばれ頼りにされていい気になってたんじゃないかとか、そんなことでしたね。改めて周りを見回してみると、最近大なり小なり裁判で負けていたり、依頼者とトラブルを起こしたりした弁護士が集められていると気付きました。

 慣れない環境で疲れもありましてね、反抗する気力もなく、ただただ僕の携わった事例の全てをデータベースに落とし込む作業に没頭していました。1ヶ月ほどで解放され、十分すぎる謝礼を渡されましたが、僕はもう弁護士ではありませんでした。それから1年ほどして裁判に無人システムが導入されたことがニュースになりました。

✽✽✽✽✽

 私は何も飲まずに話をじっと聞いていた。話が一旦ブレイクすると喉の渇きを覚えてチェイサーを一気飲みした。
そしてハイボールを一口飲んで、こう聞いた。

「じゃあ今は、裁判はコンピュータが行っているんですか」

✽✽✽✽✽

 そうですよ。表向きは何の問題もなく、行われています。学校も、病院も、裁判もね。
もしかしたら、政治もすでにコンピュータが行っているのかもしれません。

 僕はね、日本の組織が「先生」っていう立場の人間を全部排除しようとしていると思うんですね。
先生はかつて聖職とされて、崇められた。でもね、教師だって、医者だって、私たち弁護士だって、人間だから過ちを犯すでしょ。でも許されないんですよ。だからね、無くしてしまったら早いって考えたんじゃないかなって。テクノロジーが進歩したのをいいことにね。
 
 普通、コンピュータの中枢はマザーと呼ばれます、つまり「母」って意味ですよね。だけどね、日本のは「センセイ」って呼ばれているらしいですよ。先生は一人・・・いや一つ、それだけでいいってことですね。

 今はこうやってバーで働いていますけど、実は僕、漫画家になりたいんです。
昔から漫画オタクでね、ドラえもんが好きです。あ、知っています?海外でも流行っていると聞いたことあります。さすがだなぁ。僕はドラえもんの道具がいつか出来ると信じていました。昔ドローンってあったんですけどね、遠隔操作できる小さい飛行機みたいなのです。それを見たときタケコプターはもう少しで出来るぞ!と子供ながらに喜びましたが、今も出来ていません。あんなに素敵な道具は一向に出来ないのに、世の中はコンピュータやロボットが支配する味気ない時代になってしまいました。せめて、今の子供たちが目を輝かせて未来を想像できる漫画が描けたら、とこっそり書き溜めているんです。

✽✽✽✽✽

「今度、読ませてくださいよ」私は思わず言っていた。

「もちろん」と胸を張って本橋は答えた。


しかし、私は気付いてしまった。

漫画家も「先生」だと・・・


終わり。


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先生バー(前編)

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「20年くらい前までは、日本っていうのはもっと人間味がある国だったんだけどねぇ」

最近通い出したバーで、昔の日本のことをベテラン風の女バーテンダーが話しだした。

そのバーは地下にある、よく言えばレトロな、悪く言えば古臭いバーであった。機械化が進む時代に逆らうかのように、全て人の手によって作業の行われる店だった。数人いるバーテンダーはどこかしら哀愁があり、社会から取り残されたような、なにかを抱えているかのような、そんな雰囲気を持っていた。

私は生まれてすぐに両親の仕事の関係で海外に暮らしていた。そのまま海外で仕事をしていたが、日本法人を立ち上げるということで、日本で仕事をし、暮らし出して1ヶ月。祖国でありながら全く疎い日本のことを知るのに良いチャンスと思い、話に付き合うことにした。

年の頃は40代前後くらいの、女バーテンダーは酒焼けなのかハスキーな声で語りだした。

✽✽✽✽✽

あれはそう、2050年だったわ。日本に大変革が起こったの。
あらゆる分野においてコンピュータによる「平等」な判断が用いられるようになったのよね。
それもそのはず。今まで当然のように行われていたことが、できなくなったんだもん。
文明の進化とともに、日本の古き良き時代は消え去ろうとしていたのね。

例えば、教育ね。
スマートフォンの普及によって子どもたちの授業放棄が横行してね。教員たちが授業を行っている最中でもスマートフォンを操作して、SNSでリアルタイムに投稿するのよ。教員が噛んだり、言い間違えたりしようものなら、”いじり”の対象となって、全世界へ拡散される。教員が生徒へ問題を出したとしても、「ちょっと待ってください、調べるんで」ってスマホを操作しだすんだから。そうよね、授業の前にスマホを回収したらいいのにって思うわよね、普通。今は授業で当たり前のようにiPadやタブレットを使うから、Wifiルーターを持っている生徒たちはすぐにインターネットに接続して、他のことに熱中し出すの。
それにね、とある学校では、スマホの回収に踏み切った日の夕方に、親が学校へ乗り込んできて、こう言ったの。
「うちの子が授業中にもし何かあったらどうするんですか?教室という密室の中で、先生たちに何かされていたら助けを求めることができないじゃないですか!」
この頃なんか、学級の9割の親がモンスターペアレントだったんだから。生徒を叱ったら、「なぜうちの子だけ叱るんですか」って文句を言ってくる。テストの成績が悪かったら、「先生の教え方が悪いんじゃないですか」って責任を押し付けてくる。ひどいので言うと、女の教師が結婚したら「子どもたちのことはもう見捨てたんですか」って理不尽なことを言って困らせてくるのよ。一生面倒を見るわけでもないのにね。しかも、そのほとんどが学校へメールを送りつけてきたり、SNSに投稿したり・・・。直接対話ができないんだから、解決へ導くのも難しいわよね。
だから、教師を志す者は皆無になったし、辞めていく教師がほとんど。なんとか耐えていた教員たちだって、使命感っていう細い軸にだけに支えられていたけど、もちろん精神的にはギリギリ。いつ辞めたっておかしくない状態ってなわけ。いくら少子化とは言ったって、人手不足は明らかだし、このままでは日本の教育が危ない・・・。

✽✽✽✽✽

「次・・・」

と言って、女バーテンダーがカウンター越しに顔を近づけてきたので、私は思わず仰け反った。

「何にされますか?」というので、私はポカンとなった。オーダーを聞いたのだと理解し、
「じゃあ、ハイボールで」と注文した。
女はグラスにウィスキー、続いて炭酸水を注ぎ、軽くかき混ぜた。よく見るとそのかき混ぜているマドラーは授業などで使う指示棒であった。

女はハイボールをコースター、それはよく見るとポストイットが3枚重なったものだったが、の上に置くと再び語りだした。

✽✽✽✽✽

ついに文部科学大臣が動いたの。「教育に平等を!」をスローガンにしてね。

いろんな教師がいるから、授業のレベルや質が変わってしまうってことで、日本にある全部の学校で、コンピュータによる授業が導入された。かつて一世風靡したPepperの進化版のような…あ、Pepperって人型ロボットなんだけどね、そのロボットが授業を行っているの。感情は持っているけれど、決して出さない。生徒の反応や感情は認識する機能があるわ。聞き取りやすい音声とスピードで話すし、ロボットだから話が脱線することもないわよね。生徒への質問もするけど、一回の授業で3~4人って決まっているみたい。ランダムで当てるけど、月々一人あたりの質問頻度は全く同じ。逆に子どもたちが質問することもできるのよ。完璧にプログラミングされているから、答えられないこともないしね。もちろん、授業と関係ないことは全く受け付けない。時間ぴったりに終わるように、全部計算して授業を進めることができるみたいね。子どもの様子はすべて録画されて記録される。あと、体温センサー機能もついているから、子どもの体調不良が見られたら迅速に対応できるようになっているの。テクノロジーってすごいわよねぇ。
つまり、日本全体で平等に授業をしているから、成績の差は子供たちの能力の差ってことになる。人間じゃないから依怙贔屓もないし、きちんと管理しているわけだから、親たちがクレームをつける隙もないし、そもそもロボットにつけたところで意味ないわよね。2000年より前になると教員が生徒を殴ることもあったんだって。でも当時はそれが指導の一つだったから問題になることもなかったらしいわ。それに、もっと昔の話みたいだけど、「バケツ持って廊下に立ってなさい」とか言う説教のパターンもあったみたいよ。それはそれで笑えるけどね。バケツ持って何を反省したらいいのかしら?
教師?そんな仕事なくなったわよ。みーんな、転職。ただ、各教科の飛び抜けて優秀な先生だけが、授業のプログラムを作る側の仕事に就いたって話は聞いたけどね。

✽✽✽✽✽

「あ、私、上がる時間だわ。」腕時計を見ながら、女は言って
「川西さん、こっちおねがーい!」とカウンターの反対側で静かにグラスを磨いていた女性に声をかけた。

「こちらのお客さんに、昔の話、して差し上げて。」女は私にウインクをして、奥に消えていった。

「改めて、いらっしゃいませ。最近よくお見かけしますね。」
と言いながら、川西と呼ばれた30歳前後に見える女性は、新しい暖かいおしぼりを差し出した。
「森さん、また過去の話していたんですか。あの人は昔話が好きだから…」と少し呆れ顔をしながら、
「何をお入れしましょう?」と注文を聞いていた。

「じゃあ、なにかオススメはありますか」と私が聞くと
「ちょっとアルコールは強いですけど、私らしいカクテルなんてどうですか?」と川西は答え、それで、と私は頼んだ。
カシャカシャとシェイカーの音が鳴り、目の前でショートグラスに黄色っぽい液体が注がれた。
「アラスカ、といって、シャルトリューズという薬草を使ったリキュールの入ったカクテルです。強いですから、ゆっくり飲んでくださいね。」

一口飲んで、喉の奥がカァっと燃える感覚がしたことに少しテンションが上がった私は、
「私は中東のほうに長いこといたのですが、出張でアラスカにも数回行ったことがあります。これを飲んだら何だかあの景色を思い出しましたよ」と彼女に言った。

一瞬困ったような、でも微笑んでいるような表情を見せ、川西は語りだした。

✽✽✽✽✽

昔の話…聞きたいん…ですよね?
今、お出ししたカクテル、私らしいって言ったでしょう。薬草を使ったお酒ってことで言ったんですけど、元々私、医者でした。ちょっと、強引ですかね。海外にいらっしゃったならあまり耳に入らないかもしれませんが、日本の医学って本当に素晴らしい進歩を遂げたんですよ。30年前はレベル4だと生存率が10%を切ることが多かったガンだって、今や30%に上がったし、難病に指定されていたものも治癒できて指定から外れたものもあるんですよ。それなのに・・・今病院はほとんどがロボット化しています。さっき森さんも、あ、さっきお話していた女性です、話していたと思いますけど、ちょっとしたことで足元をすくわれたり、理不尽なクレームを突きつけられたりするのが当たり前の世の中になってしまったんです。医者も人間ですから、ミスがゼロかと言ったらそうではないでしょ。でもどうしてか訴えられる医者ってこれまで医療に全てを捧げてきて、身を粉にして働いて、たくさんの人を救ってきた方が多いんです。そういう先生って、同じ医師からは足を引っ張られたり、利益追求型の病院では煙たがられていたりして、誰も守ってくれないんです…。まぁ実際、医療事故裁判っていうのは、患者さんがむやみに訴えているケースも多いし、専門性が高いから有効な立証がしにくいというのもあって、原告つまり患者さんの勝訴率はかなり低いんですけどね。でも今はメディアが必要以上に騒ぎ立てて、医師を悪者に仕立て上げる風潮が強くって。だから裁判に勝ったとしても、精神的に追い詰められたり、体調を崩したり、結果的に病院から離れていく先生が増えていきました。

✽✽✽✽✽

川西の目は涙で滲んでいた。私は、きっとこれは彼女自身のことなのだと理解した。
彼女がもし思い出すことが辛いなら、続きを話してくれてなくてもいいと思った。
きっとこの話はハッピーエンドにはならない。そう感じていたからだ。
何か言わなくてはと思い、「あの・・・」と言おうと口を開けた瞬間、彼女は再び話しだした。

✽✽✽✽✽

多くの人の命を救いたいと思っていました。だけど、自分の命も守れないような人間に救えるはずはありません。高い志を持つ医師たちは少なくなり、病院は完全に利益主義、ノーリスクの医療を行うようになりました。結果、学校と同じく、ロボットの世界です。確かにミスはありません。もし何かが起きたらロボットにミスはないと主張すればいいし、手術にあたっては誓約書も書かせますから、病院側は窮地に立たされることはないですよね。でも、いくら技術を結集した医療ロボでも、プログラムを超えた人体の反応や変化には対応できないんです。今でもロボットが行う手術には、スーパードクターと呼ばれる先生方が待機し、緊急事態に備えていつでも対応できるようになっています。あ、これは表向きには秘密ですから内緒にしてくださいね。でも、テクノロジーも本当に進化していて、これまで以上に医学と工学が一緒になって人の命を救うための研究が行われています。私はそこまでの知識も技術もなかったから、携わることはできなかったですけど。
だからお客さん、もし病気したら、すんごいロボットが治療してくれますから、安心してくださいね。
もしロボットが信用できなかったら、私のところに来てくれてもいいですよ。こう見えても腕には自信ありますから。

✽✽✽✽✽

さっきの涙はどこへやら、彼女は少し意地の悪い笑顔を見せ、店の奥へ消えていった。

彼女が消えていった扉をボーッと眺めつつ、無意識に空のグラスをもう一度口へ持っていっていた。

溶けた氷が生み出した少しの水を飲み干すと、喉の奥が、スーっとした。


(続く)


この続編は、10月13日(火)のイベントで・・・

10月13日第5回フリライターイベント

皆さん、こんにちは。


季節は秋から冬へ差し掛かっていますが、
元気にお過ごしでしょうか?


そして早いもので、第5回のフリライターイベント開催となります。


第5回
「フリライターまりおの取材してるふり。」


10月13日(火)
Pre-event 19:20~

一人芝居 
オリジナル短編『先生バー』

Main-event 19:30~
トークライブ 
ゲスト:弁護士 尾崎 博彦さん

http://ozaki-lawoffice.jp/

場所:なんば紅鶴
料金:1000円(ドリンク別)

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今回は初めて、オリジナル短編を朗読ではなく、
一人芝居でお届けしてみようと思っています。


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フリライターまりお

私、音楽家

音楽家ブログ用


 
 僕は音楽家だ。

 曲を作り、演奏する。時に歌う。

 そういうと人は「シンガーソングライターですか?」と聞いてくるが、違う。カタカナ表記にすればカッコいいと思っている連中が多すぎる。そんな安っぽい言葉で言い表すことのできない仕事なのだ。

 僕は「音楽家」だ。愛を表現することに生涯を捧げる、誇り高き音楽家だ。
モーツァルトもベートーベンも、名を馳せた音楽家はみんなそうだった。

 音楽家たるもの、どんな状況においても、いつだって新しいものを生み出そうとする力が働くようになっている。例えそれが、危険な状況であっても、極上の快楽を感じる場でも、痛みを伴う時でも、関係はない。僕の脳内スクリーンに五線が波のように現れ、音符がその間を泳いでいく。彼らは自分の居場所を見つけると、そっと腰を下ろす。そのとき僕は夢と現実の間で彷徨っている感覚だ。やがて意識がはっきりしてくると猛烈な勢いでペンを走らせ、気づくと楽譜を完成させている。

 僕は今、ワンルームマンションの一室で、鉄の首輪を掛けられ、それが鎖でつながれている。その鎖は部屋の柱に巻かれ、南京錠が掛かっていて取れない。6畳の部屋から僕は出ることができない。ただし、食事は1日2回与えられている。ご丁寧に、紙とペンも用意されている。つまり、生命の危機に脅かされる環境ではないし、音楽を生み出すこともできる。この生活が始まったのは1週間ほど前からだ。よく考えてみれば死ぬわけではないし、この生活を受け入れてみることにした。この危機的状況であっても音楽を作り続ける自分に、やはり音楽家としてこの世に生を授かった自分を改めて認めたのである。
 しかし、人は慣れるものである。3日目くらいにはこの状況に慣れ、逆に何も生まれなくなっていた。

 そこで僕はかつての刺激的な経験を思い出そうとした。28年間生きてきて、僕の人生はどんなものだったか。人は死ぬ直前に走馬灯のように人生が駆け巡ると言うが、もしかしたら人はどうにも時間がありすぎる場合にもスローモーションで人生を振り返っていくのかもしれない。

 そして、刺激的な経験として思い出すのは、いつだって、愛、つまり女性だ。

 初めて付き合ったのは、大学生のとき、同じ音楽科だった2つ上の先輩。彼女の名前は「愛」といった。愛をモットーにして生きる音楽家の僕が、彼女に運命を感じずにはいられなかった。僕はピアノ、彼女はバイオリンが専門で、僕が作った曲を二人でよく演奏した。曲のテーマはいつだって愛だ。愛と共に、愛を奏でる。こんな時間が永遠に続けばいいと願っていた。
 彼女はとても自立した女性だった。「私はこう思う」「私はこうしたい」と意見を主張する姿は、まさに現代女性のアイコンそのものであった。明確な考えを持ち、伝え、行動に移せ、しかもバイオリンの腕もある彼女が、日本に留まっているはずもなかった。卒業すると同時にヨーロッパへ旅立っていった。旅立つ前に彼女は僕にこう言った。

「私はあなたが好き。でも私には夢があるの。だから私はあなたと別れるわ。」

 若かった僕に引き留めるすべはなく、受け入れるしかなかった。彼女への思いは溢れ、悲しみに打ちひしがれている間に、3曲書き上げた。悲しみとは対照的に、どの曲も迷いのない、鮮やかな旋律を奏でていた。


 人は忘れていく生き物でもある。半年ほどで立ち直り、次の「愛」を探しだした。

 次に付き合った女性はバレエダンサーで、「舞う」「彩る」と書いて「舞彩」といった。彼女の踊りを見て、まさに名前の通りだと思った。彼女も同じ大学の学生であったが、舞台によく出ていて学内では有名だった。音楽とバレエは切っても切れない関係にある。舞彩と出会って、僕は彼女が美しく舞うための曲を作った。管楽器を使った無限の広がりを感じるような壮大な曲が多かった。
 一方で彼女は、所有欲の強いタイプだった。舞台では「私のダンスだけを見て」を言ったし、いろいろと曲を書いていると、「もっと私の曲を作って」とねだった。また自分の持ち物に対しては、強い執着があった。僕の家に半同棲で暮らしていたが、ある日冷蔵庫に入っていた彼女のジュースを飲んだら、鬼の形相で怒られた。「私のジュース、勝手に飲まないでよ!」と。僕はとにかく平謝りして、ジュースを買いに行ったが、その怒りはしばらく鎮まらなかった。彼女の持ち物を無断で使うことが許されず、どんどん豹変していく彼女に恐れを感じていた。遂に、僕の家であるにも関わらず、部屋を線引きし出し、「私の部屋に勝手に入らないでね」と言うようになった。もちろん距離は広がっていったし、彼女への愛は薄れていった。その時期はやたら変調の多い曲ばかりを書いていたように思う。
 彼女の内面を知ると、どんなバレエも安っぽいものに見えた。当面の家賃を前払いし、僕の家だったが、僕が出て行った。


 大学を卒業して、ピアノの講師などをして生計を立てるようになった。次に付き合ったのは、そのピアノ教室の生徒だった「美恵子」。美しさに恵まれる子と書く。しかし彼女はとりたてて美人ではなかったし、これと言って秀でた特技もなかった。彼女は自分の名前が好きではないようで、僕に「みい」と呼んでほしいと頼んだ。そう呼んでいるからか、彼女の気質なのか、彼女は猫のような女性だった。そばにいたかと思うと、いつの間にかいなくなる。居ても立っても居られなくて必死で探すと、何事もなかったかのように部屋にいる。近くにいるとき彼女は「もっと私を見て」「私を愛して」と甘えてくる。そのギャップに僕は飲まれていった。特に彼女のおねだりの仕方は異常にうまかった。天性の駆け引き上手なのか、彼女の求めるものを与えないと一生この手で抱きしめることはできないのではないかという不安に駆られるのだ。だから彼女の欲しいものは全てあげた。でも、いつの間にかいなくなって、「私を捕まえて」と挑発してくる。その繰り返しだ。
 彼女がいなくなって不安な夜には声にならない叫びを書き連ね、曲がいくつでもできた。しかし自分が無理をしているのは分かっていた。僕の心が悲鳴を上げ始めていることも。彼女を失いたくないから、聞こえないふりをしていたけど、気持ちも、そして金銭的にも限界が来た。僕は部屋の鍵をこっそり変え、彼女との連絡を一切絶った。やはり彼女が戻ってくることはなかった。


 僕は愛に疲れていたから、しばらく愛を休んだ。そして、実社会とも距離を置いていた。もちろん音楽とも離れていた。

 ある日、僕の状況を心配した学生時代の友人が、知り合いが出ているからとライブに誘ってくれた。そこで歌っていたのが今の彼女である。彼女の歌声を聴いたとき僕の体に電流が走った。僕の作るメロディーと彼女の発する声は間違いなく合う、そう確信した。ライブ後、彼女を紹介してもらい、連絡先を交換し、何度か会ううちに付き合うことになった。彼女は絶対音感を持っていて、僕の作った曲を一回聞くとすぐに歌うことができた。愛の傷を癒してくれたのは、やっぱり愛と音楽だった。僕は彼女の家に入り浸り、思いつくままに曲を書いた。彼女は歌手として一本立ちしていたから、忙しく飛び回っていた。曲を作ることと彼女を支えること、これが僕の生きる糧となっていた。
 ただ、彼女は少し独占欲が強いところがある。まず僕の女友達の連絡先をすべて消されてしまった。彼女は留守から帰ってくると僕のスマホを見て怪しいやりとりがないかチェックをする。着信があるとそれが誰かを確認する。仕事中でもLINEを送ってきて、1時間以上返事がないと電話をかけてくる。それでも僕は全く平気だった。彼女が家で僕の曲を歌ってくれるだけで、幸せを感じられた。僕は、彼女の歌声に惚れたのかもしれない。でも、よく考えてみたら、それもそのはずだ。

 彼女の名前は、真実の音と書いて「真音(まいん)」というのだから。


-ガチャ

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プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

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