スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

江戸へ旅立つ舞台裏のヒーロー

今回の取材対象の方に会うのは、2回目。

これまで取材させてもらった人の中では、おそらく一番私に立場が近い人物である。


細川 博司さん(39)

肩書きを聞くと、
「舞台演出家」「脚本家」そして「劇団バンタムクラスステージ代表」


取材する前の情報としては
「舞台を作っている、ペルノ(お酒)で酷いことになったことがある」くらい。



私は2月に所属する松竹芸能俳優部公演に出演させてもらい、
舞台の何たるかを、少しは学んだつもりでいた。

が、しかし、それはあくまでも事務所が主催して“くれる”舞台。
自分たちで準備したり、作り上げた部分もあったので、してもらっただけではないのだ、と
「劇団」の代表の前では、とても言えたものではない、と言ってから気付いた。


そもそも、「劇団」とは何なのか?

劇団はこの世にどうやって生まれるのか?

それを投げかけてみると、劇団を説明するにはまず「劇団員」の定義から話す必要があると、少し間を置いて、ゆっくりと説明してくれた。

劇団員とは、役者としてだけではなく、準備や稽古場・劇場予約、渉外などの雑用も行う。
つまり劇団とは「こんな芝居をしたい」と思いを持って、それにまつわる運営をみんなで分担して行う団体である、と。

それはそれは強い志とプライドを持って劇団活動をしているのだろうと思ったが、細川さんは自分のやっていることは「趣味」であると断言した。それだけで食べていけない限り、プロとは言えないと言うのだ。

このことに関しては、激しく同意した。

私は周りの人から、舞台に出てスゴイとか、ラジオがあって忙しいね、とか言ってもらえることがある。
でも現実は、バイトで稼いだお金で生活を送っているのだ。タレントとしての活動をしている時間よりもバイトをしている時間のほうが長いのだ。そして初対面の人に「仕事は何をしているのですか?」と聞かれたときに何と答えるかを悩み、「タレント」と言った後の反応がどうかを死ぬほど恐れているのだ。

理想と現実の間で、プライドとコンプレックスの間で、冷静と情熱の間で、日々彷徨っているのだ。



細川さんのルーツを探るには、小さい頃からの話を聞くほかない。

小さい頃の夢は、漫画家。
漫画家になりたかった人は五万といるだろう。でも人はどこかで現実を見る。自分の実力を知る。
しかし細川さんは小学校も中学校も高校でも漫画家の夢を持ち続け、同人誌を書いて、コミケ(コミックマーケット)に出したりしていた。
高校の美術の先生に夢を打ち明けると「漫画家になるには漫画以外の知識も必要。映画も勉強しなさい」と言われ、大阪芸術大学の映像学科に進むこととなった。そこでは映像製作についてはもちろん、脚本についても勉強した。
ところが知ってから知らずか、卒業に必要な一般教養の授業をほとんど取っていなかった。どうしたものかと考えていると、友人から映像製作担当として劇団に入ってほしいと頼まれた。その劇団は劇中にプロジェクターで映像を映すという演出方法をとっていたのだ。映像学科の細川さんは短編映画なども作っていたのでお手のものだった。

細川さんは思った。「劇団に入れば大学を辞める理由になる!」

母親に「劇団に入るから大学を辞める」とまったく筋の通らない話をして大学を辞めたが、学生マンションには住み続けた。その頃の生活は褒められたものではなかったようだ。当時の自分はクズだったと自虐するほどに。

その劇団は現役大学生と卒業生とで構成されていた。
そこでの細川さんの立ち位置は映像製作。芝居に関与していなかったが、映像を作るだけでは暇を持て余す。稽古場に顔を出し見学していると、演出担当が行う「ダメ出し」が面白くてメモをするようになった。すると役者たちが自分たちが何を言われていたのか確認に来るようになった。

いつしか演出助手のポジションになっていた。
ある時、劇団が2本立ての舞台をすることとなり、その1本の演出を任されることになった。これが演出家デビューだった。この舞台が思いの外評判がよく、手ごたえを感じていた。それに同じ劇団に2人の演出家は要らない。2000年に「バンタムクラスステージ」を立ち上げた。

ネーミングに興味のある私はもちろん劇団名の由来を聞いた。
あしたのジョーが好きな細川さんはそこから矢吹丈の階級である「バンタム級(クラス)」をチョイス。またバンタムには「凶暴なニワトリ」や「生意気な小男」のような意味合いがあり、そこも気に入った。さらにもともと3つの単語で構成される言葉が好きだったので、「舞台」の意味である「ステージ」を付けた。

まだ小さい劇団ながらも演劇界にケンカを仕掛けるように挑んでいく姿勢そのものの名前だと感じた。


劇団を立ち上げたものの専属の役者もいなければ、スタッフもいない。これまでの人脈を使って人を集め、公演を打った。上々の評判を得て、その後も念に1回のペースで公演を続けた。


人生は、ほとんどの人にとって、順風満帆には行かないものだ。

もしくは周りから順風満帆に見えていても、当人はそう思っていないことも往々にある。



細川さんは結婚した。
当時劇団をしながら専門学校の演技指導講師をして生計を立てていたが、家族のために転職し仕事を頑張った。仕事を頑張ったら忙しくなる。劇団は一時途切れた。多忙の中でも時間を見つけては、地道に映画を自主制作をしていた。


細川さんは離婚した。会社も辞めた。

そして、やっぱり、思った。

「芝居をやろう」


自主制作した映画は映画館で上映もしたが、反響は無く、手ごたえも感じなかった。
映画は好きであることが裏目に出て、やりたいことに限界があると思ったし、こだわりすぎてファンが作っただけの作品に感じた。
いっぽうの芝居は、誰に教わったわけでもないので、先入観なく我流を貫くことが出来たし、好き放題にやれる。


再スタートしてから自主作品「ルルドの森」を上演。
サイコサスペンスではあるが私小説に近い内容で、舞台でありながら映画の脚本のように演出した。演劇コンテストで評価が分かれ、審査員の間で物議を醸し、‘ある意味’話題となった。

その「映画のような舞台」とは、通常の舞台ではあまり行われない舞台転換の多さを指す。また、バンタムクラスステージの特徴としては、リアルな銃撃戦がほぼ取り入れられ、凄まじい緊張感の中「痛い・怖い」を躊躇いなく表現し、人が死ぬシーンも多い。芝居で「恐怖」を体験してもらうことをモットーとしている。

ホラーが苦手な人は無理だ。

でもそれでもいい。他にないもの、負けないものを作りたいのだ。


・・・と書いている私もまだ見たことが無いので、知ったようなことは言えないのだが・・・


映画的な感触のスタイルが確立され、徐々に劇団は芽を出し始めた。
専属の役者も揃い、リピーターが増え、人気も出てきて、芝居を打つと満席になった。

2011年初の東京公演作品が、池袋演劇祭で優秀賞を取った。

この世界で東京つまり「江戸」で評価されることは大きな意味を持つ。
誰もが東京を夢見る。東京で売れて、全国区になりたいと思う。

いつもは舞台で銃を撃っていた細川さんは、東京でその舞台の「珍しさ」を評価されたことが引き金となり、好機逸すべからずと東京行きの銃を撃つことに決めた。


ここから先は、未来である。


東京行きは2013年5月。


その先のストーリーは、細川博司という舞台裏のヒーローが一生を掛けて書き上げるのだ。


DSC_3315.jpg

劇団バンタムクラスステージ



たかしま まりお



おまけ。

細川さんのおススメの映画は「アンタッチャブル」
普通に生活していたら、絶対に観ない映画。

でも観ました。

銃が乱れ撃ちで、人が死にまくって、「ギャ!」って何回も言いました。
ただ、細川さんの言った「カッコいい」の意味も分かりました。

何が正義で何が悪なのか。必要悪を認めるのか否か。
劇団バンタムクラスステージのテイストがちょっと垣間見れたような気がします。


そして、ケビン・コスナーは間違いなくイケメンでした。


漫画家を目指していたということで、書いてもらった。
DSC_3412.jpg
う、う、うまい!!←当たり前。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。