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光をつかむ先天的古物商


今回取材をお願いしたのは、昔のおもちゃの専門店「モズライト」社長 村田達典さん(39)

実は私たかしままりおは、松竹芸能のお笑いコンビ・アルミカンの高橋沙織ちゃんと「穴」と言う音楽ユニットを組んでおり(詳細はこちら)、その2人で道頓堀のトンボリビジョン等で現在流れている「モズライト」のCMソングを歌わせてもらっている。そのCMソングを作ったのが「穴」のプロデューサーである安井麻人さんで、元々2人が知り合いだったことから、一緒にお仕事をさせて頂いたという縁がある。

…と、村田さんとの関係を説明するのにも間に人が入るため、やや時間がかかるわけだが、縁やつながりでやっていきたいブログなので、取材対象としては持って来いの人物である。

村田さんの情報としては
「中古おもちゃ屋モズライトの社長、毎日飲み歩いている、ご近所さん、白縁メガネが印象的」と言ったところ。



村田さんは小さい頃から変わっていたという。
ただ、私の経験上、自分自身を「変わっている」と言う人は、そこまで変わっていない場合が多い。自分のことを「天然」と言う人が天然ではないのと同じだ。だから、あんまり期待しないことにした。

しかし早くも私の経験上での目測は軌道修正を図らなければならなくなった。

村田さんは、15歳の頃から大阪のアメリカ村で古着のブローカーとして商売をしていた。古着屋A店ではあるジーンズが50,000円するのに、B店では同じものが3,000円だった。そこで村田さんはB店でジーンズを買い、A店に売った。そういうことを繰り返しているうちに月に20~30万稼いでいたという。
15歳の少年にそんな古着の目利きが出来るのだろうか。聞いてみると、村田少年は古着マニアだったと言う。当時大好きだった古い映画(例えばジェームス・ディーンの「理由なき反抗」など)に出てくる人物が着ている服が、なぜあんなにカッコいいのかと不思議に思い、調べてみた。すると、ジーンズの染料や織り方、ステッチの入り方が今あるものとは違うことに気がついた。ジーンズだけではなく、スウェットやTシャツにしても、価値があるものには理由があることを見抜いていた。当時は古着の価値がまだ定まっておらず、希少価値の高いものが安く売られていることもあった。そのマニアの知識をフルに活かして、若きブローカーとして、アメリカ村では一目置かれる存在となっていった。

村田少年が古着マニアと言えるほど古着を好きになったことは、映画への憧れだけではない。
生まれながらにその「気質」を持っていた。

3歳のころ集めていたものは、江戸時代の大工道具だった。例えば、鉋(かんな)や鑿(のみ)、金づちといったもの。四天王寺で月1回行われている縁日へおばあちゃんと一緒に行き、露店で500円くらいの大工道具を買ってもらっていた。幼稚園のころ、初めて覚えた漢字は「寛永通宝」という渋さ。周りがファミコンで盛り上がり出したころ、ガラス版写真(写真乾板)や銀塩写真(アナログ写真)、べっ甲も牛乳瓶(戦前のもの)も碁盤も好きだったと言う。
鼻垂れ小学生が、古い木目の味わいを感じ、レトロな写真に哀愁を覚えていたと言うのか。友達の親から「あの子と遊んじゃダメよ」と言われても納得のいく、異彩の放ちぶりだ。

中学生のころには、その異彩ぶりが成長し、良く言えばヤンチャ、素直に言えばヤンキーだった。
やりたくない授業は受けない、授業をボイコットするためにあの手この手の悪さをし、先生たちを振りに振り回した。仲間の中ではブレーン的存在の悪知恵担当、自分は手を下さずに指示を出し、あんなことやこんなこと(ご想像にお任せします)をした。
高校生となった村田少年は先に書いた通り、ブローカーとして商売をするようになった。自分の親以上に年の離れた商売人と付き合うことで新しい世界を知り、お金を稼ぐことの難しさを痛感し、更生した。学校はあまり意味のないものだったが親に懇願され卒業はした。


そんな村田さんは18歳のころ、アメリカ村の三角公園の前に事務所を構えることとなる。本格的に「商売」を始めたのだ。しかし、同時に古着がブームとなり、雑誌などで紹介されることでその価値が固まり出した。今までの方法ではビジネスにならない。
そこで20歳のころに海外に出た。行った先は「タイ」。バンコクに滞在し、古着の仕入れを行った。タイとカンボジアの国境にある、アメリカなどから大量に救援物資として衣料品が届くアラヤンプラテートと言う町がある。そこにはスリフトショップと呼ばれる寄付で成り立っている古着屋があり、そこで安く商品を仕入れた。「古着と言えばアメリカ」と考えがちだが、タイで仕入れることを思いつき、実行した。先見の明があったのだ。
しかし時代は流れるもの。22歳のころ古着ブームに陰りが見え始めた。だが、陰りの中で一際輝く光を見つけた。紹介を受けて新たに商品を卸すことになった古着屋の女性店長が今の奥さんである。出会った瞬間にビビッと来たらしい。この話は広げないけれど。
古着からおもちゃにシフトしたのはこの頃だ。商品を卸していた古着屋の倉庫には必ずと言っていいほどおもちゃが飾ってあることに気がついた。おもちゃが商売になるのではと思った。アメリカ村の事務所を閉鎖し、堺に借りた車庫を倉庫にしてイベントや通販のみで商売をした。その後、24歳で結婚。これまでに稼いだお金のほとんどは遊んで使い果たしていたので、生活に必要なものを揃えると貯金はなくなった。奥さんと吉野家の牛丼1つを2人で分け合い食べる毎日。貧乏だった。つらい思い出かと思いきや、「そんなこともあったわ!今思い出したわ~」と楽しそうに語っていたので面食らった。「2人で死のうと思った…」くらい言ってほしかった。

この頃、神戸元町の高架下に店を出さないかという話が来て、ほとんど勢いで始めることにした。堺から引越し、奥さんとおもちゃ一本で商売をスタートさせた。当時、アンティークおもちゃの聖地は日本橋だった。人と同じことが大嫌いなあまのじゃく体質の村田さんは元町でお店を出すことを敢えて選んだのだ。


お店の名前は「モズライト」実は始めは「モズ☆ライト」だった。

モズライトと聞くと、ギターを思い浮かべる人が多いかもしれないが、関係はないと言う。
中古品を扱う店は、警察に古物商の免許を取りに行かなければならない。村田さんが免許を取りに行った際、屋号を決めるように言われた。だが、免許を取ることは考えていたが、お店の名前までは考えていなかった。もう一度来るのは面倒だ。ふと住所の記入欄を見ると、「中百舌鳥」と「光コーポ」の文字が見えた。

中百舌鳥 光・・・なかもず 光・・・なかもず ライト・・・モズ☆ライト!!

村田さんは適当に決めたと言っていたが、こういった連想ゲーム的なネーミングは私的に大好きだ。
私は一部の友人に「ルイ」と呼ばれている。私の名前「まりお」・・・スーパーマリオ・・・の弟はルイージ・・・ルイという由来でついたあだ名だが、とても気に入っている。


いつのまにか☆は取れたが、ここから「モズライト」の快進撃がスタートした。

村田さんの先天的な古いもの好きマニア気質と、価値のあるものを見抜く目利き力、
お金稼ぎの嗅覚と確かな戦略、売買をする上での交渉力、そして話の中で何度も村田さんが言った「運が良かった」こと。

いつしか「おもちゃ界のイチロー」と呼ばれるまでになった。

アンティーク品は新しい物が作れない。限られた商材は、世の中を回りまわる。「一点物」と呼ばれる限定品に人はお金を積むのだ。一点物を持つことがステータスであると考える人もいるし、それを心から愛するコレクターもいる。
扱うものは利便性や斬新さを求められる商材ではないので、口コミと言う信頼の下にしか成り立たない商売だ。


村田さんは好き嫌いがハッキリしていて、好きな人としか付き合わない。その関係に信頼がないわけがない。
そのおかげで、ストレスを感じることもなければ、もちろん溜めることもないそうだ。

聞くまでもなかったのだが、当然、挫折もなかった。思い通りに行かないことは何もないと言う。


挫折はなくても、ターニングポイントぐらいはあるだろうと思って聞いてみた。
その時々にポイントはあったそうだが、一番はTV局で大道具の仕事をしていた時だと言う。
「えっ!?大道具?古着じゃないじゃん!!」と混乱しそうになったが、気を落ちつけて聞いてみた。
19歳のころブローカーをしながら大道具のバイトもしていた村田さんは、島田紳助さんや上岡龍太郎さん、笑福亭鶴瓶さんの番組を担当していた。紳助さんに話しかけてもらうことが多かったので、ある日村田さんは胸の内にあったことを投げかけてみた。

村「やりたいことがあって、こんなことをしてていいのかなと思うことがあるんです」
紳「若いんやからやりたいことやったらええねん」

これは当たり前の答えかもしれない。誰にでも言えることかもしれない。
ただ明らかなことは、「島田紳助」という人間に、欲しかった言葉をもらった。押してほしかった背中を押してもらったのだ。

それから、古着・おもちゃとやりたいことをやって今がある。


次に、夢を聞いてみた。

「自分の周りがハッピーであること」だそうだ。意外にも思えるが、良く考えると納得も出来た。

幼いころから異端児扱いをされた人間は、自分が人と違うことを誰よりも認識している。
だから、周りに自分と同じであることを求めない分、ハッピーでいてほしいと願っているのではないだろうか。


生まれながらの古物商は、その手に様々な光をつかんで自らの輝きに変えてきた。
これからもその光で、周りを明るく照らし、ハッピーにしていくのだろう。

DSC_3285.jpg

しかし、光のうらには必ず影がある。
毎日飲み歩く村田さん。健康だけは気を付けてくださいね。

DSC_3287.jpg
元町高架下にあるよ。

モズライトHP



たかしま まりお
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プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

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