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紆余曲折の強運フリーライター

 2回目の取材(…と言っても前回の取材と同じタイミングで行ったので、実質は1回目と言ってもいいのだが)は、やはりお世話になっているフリーライターさんにお願いした。

 つまりは、新聞記者OさんとフリーライターMさんと私の3人で飲んでいた時に、強引に取材させてもらったというわけだ。


フリーライターのMさんとは、ヴィッセル神戸の取材で知り合った。
サッカーについての知識はないが、勢いだけはある私の質問攻撃にいつも丁寧に対応してくれる。
 それに、そんなつもりはなかったのだが、取材帰りによく駅まで車で送ってもらっていたら(ヴィッセルの練習場から駅まではかなり遠い)、他の記者さんから私がMさんを「アッシー」に使っていると言われた。

つまりは、優しくて、腰が低くて、お願いされるとNOとは言えない、めちゃめちゃいい人なのだ。

Mさんとは取材でよく顔を合わせるし、一緒に飲んだこともあるが、自身についての詳しい話を聞いたことはなかった。

取材前のMさんの情報としては
「以前はサッカーの専門誌で記者をしていた、実家が小売業、セレッソ大阪の取材も担当している」くらい。


やはり気になるのは、「なぜライターになったのか」ということ。
手始めに聞いてみると、私の頭には99.9%なかった答えが返ってきた。


「アナウンサーになりたかったんです...」


 たまに私のラジオ番組にも出演してもらうことがあるのだが、お世辞にも流暢に話すタイプではない。二言目には「すいません、口下手で…」と発するほど。そんなMさんがアナウンサーになりたかったなんて。思わず「ウソでしょ!?」と居酒屋で叫んでいた。

 Mさんはもともとスポーツが好きで、それに関わる仕事がしたかった。
 アナウンサーになると決めたきっかけは、1988年10月19日川崎球場で行われた近鉄対ロッテ戦2試合目でのABCの安部憲幸アナウンサーの実況に衝撃を受けたことだった。私は全く知らなかったが、当時ダブルヘッダーと言う1日に2回試合がある無茶な日程があり、7時間33分の死闘の末、伝説と言われる大勝負が生まれた。試合している選手たちはもちろんだが、アナウンサーにとっても優勝を決定する大一番で実況することはプレッシャーであり、印象に残るに違いない。
 とは言え、野球選手ではなく、アナウンサーに対して感銘を受け、それになりたいと思ったMさんの感性も面白いと思ってしまう。

 そこからのMさんの行動がまた面白い。受験する大学を決める際、安部アナウンサーをはじめ、アナウンサー名鑑を見て経歴を調べ、他のアナウンサーの出身大学も片っ端から受けた。結果、地元の外国語大学の夜間に入学するも、「メディアとは東なり」という自身の考えから、日中は予備校に通い、翌年、中井美穂や近藤サトを輩出した日本大学芸術学部放送学科へ合格し入学する。
 日大では、新聞記者あがりの教授の講義を受けた。その教授の考えは「記事は脚で書け」であった。その教授の影響を多大に受けたことでMさんは取材記者に興味を持つようになったと言う。本来アナウンサーというものは、アウトプットを専門にするもの。より多くの情報を言葉にして伝えることが仕事である。一方、記者と言うものは「10を聞いて1を書く」と言われており、インプットが仕事であるという。取材して得た情報や知識は大量にインプットされ、その中から発信されるものはほんのわずか。だが、そこに面白さを感じているMさんがいた。
 しかしながら、就職活動の際は、もとの夢であったアナウンサーになるためTV局を受けた。だが受からなかったので就職浪人をした。
 
 その間に、サッカー専門誌に欠員補充の嘱託社員で仕事をすることになった。
実はそこには縁があった。学生時代「尊敬する人に取材をする」と言う課題があり、Mさんは木村和司(元日本代表選手、現在はサッカー解説者)に取材をしたかったので、その専門誌に問い合わせ、取材を実現させた。その時に対応してくれた人が辞めるため、採用されたのがMさんだったのだ。
 ヴィッセル神戸をはじめ、セレッソ大阪、ガンバ大阪の関西クラブ、ヴァンフォーレ甲府やベガルタ仙台など様々なチームを担当し、人脈も広がった。
 しかし、1年ほどで体調を崩し退職、フリーランスとなった。その後Web系の会社に就職するが、しばらくして親の体調が悪くなり、地元に戻ることになった。実家の手伝いをしながら生活し、家業を継ぐことも考え出した時、ライター時代の知人から仕事の依頼が舞い込む。Mさんはサッカー界に戻ることを決めた。

それからも今まで培ってきた人脈が仕事の幅を広げた。
特にヴィッセル神戸とセレッソ大阪に関しては、深い「縁」と「恩」を感じると言う。

そんなMさんの夢は「サッカーのそばで仕事をする」こと。現状、その夢は半分達成されているそうだ。
 さらに「自分の記事を読んで一人でも多くサッカーファンを増やしたい」と言う。今いる選手たちをどうやって注目してもらうか、チーム自体を盛り上げたいと熱く語る。

私は聞いた「香川とか、清武とか、今まで取材してきた海外に行った注目選手を追いたいとは思わないのですか?」

Mさんは答えた「海外の取材は別の人にでも出来る。自分だから出来ることをしたい」と。
 そこには、東京じゃないんだ!海外じゃないんだ!地元を一番に盛り上げたいんだ!と言う、Mさんの負けん気があった。

記者はインプットの仕事だと言うが、アナウンサーになりたかったMさんのアウトプット力が、チームの状況や選手の上辺だけを伝えるのではない「チーム愛」が感じられ、熱の伝わる記事につながっているのではないだろうか。

Mさんは、優しくて、腰が低くて、めちゃめちゃいい人だけど、誰よりも頑固だと私は思っている。
決めたことはやらないと気が済まない、東京や海外には負けたくない、実家は継ぎたくない(これは違う...?)

頑固だからこそ、紆余曲折もしたが、縁をつなぐという強運を味方につけ、Mさんは夢を叶えている。

安部アナウンサーに衝撃を受け、アナウンサーになりたいと思ったMさんの記事を読んで何かを感じ、記者になりたいと思う人も出てくるだろう。ただ、その人が記者になれるかどうかは分からない。


たかしま まりお
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プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

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