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明後日を夢見る音楽家


今回のゲストは、もうかれこれ4年以上の付き合いになる音楽家の安井麻人(やすいあさと)さん。

どのような方なのか、ある程度分かっていたはずだが、取材を終えて感じたのは、「よく喋るなぁ」ということ。つまり、こんなに話す安井麻人を私は初めて見たのだった。

それは明確な理由があった。麻人さんはあることに憤りを感じていたからだ。


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(1)職業名「音楽家」について

最初に私は麻人さんに「音楽家とは?」という疑問をぶつけた。
一般的な認識として、音楽家とは「音楽を作る」「楽器を弾く」ことを生業としている人々のことと捉えている人が多いのではなかろうか。麻人さんが後にも紹介する国勢調査の日本標準職業分類によると、音楽家とは「作曲・演奏又は演奏の指揮に従事するものをいう」と説明があり、事例としては、作曲家・編曲家・歌手・ピアニスト・尺八師匠・雅楽囃師などとなっている。

麻人さんは「そもそも音楽って何なんだろうな、と自分自身思うことがよくあるんです」という。そういう感覚を持つ中で「音楽とはこういうものなのではないか?と自分自身で考え、音を聴き、関連書籍を読んだり、音楽の実体験としてコンサートを見たりした結果、例えば今現在、自分の中での音楽はこれなんです、というプレゼンテーションをするのが音楽家なんじゃないかな」と答えた。つまり音楽家の概念を「日常的に音楽について考え、作っている人のこと」だと解釈している。
さらに、「僕は、誰も見向きもしないような事柄や人知れず理解もされずに存在するような音さえも、これも音楽ではないのか?というプレゼンテーションをしたいんです」と付け加えた。「そうやってプレゼンし続けている間に新しい音楽って言うものが生まれてくるというか、広く一般にも認識されてくるんじゃないかな?って」と言う。

彼は音楽を聴くときに、歌詞は頭になく、なんならメロディもほとんど聴いていないという。いったいその音楽は、なにで音楽が成り立っているかを聴いているのだと言う。例えば、あるハーモニーはバイオリンやコントラバスで奏でられているのだが、それぞれの楽器の音色の溶け具合、またそこで奏でられている例えばアコーディオンによるメロディの音量とのバランス、ハーモニーとメロディ、楽器の音色とのミックス感、といったようにだ。そういった音全体に興味と関心があり、そこを聴いているのだそうで、ほとんどの場合、歌詞、歌のメッセージは、その脳内処理においてスルーされているそうだ。
また彼は独学であってもいくつか音楽を作ったり演奏したりしているうちに、誰しも、音楽の在り方(作曲の原理や方程式のようなものや、演奏のコツのようなもの)に気づくのだと言う。アマチュア時代のそういった経験を通じて、さらに「メロディ」と「歌詞」にこだわって作って歌い続けていく人はシンガーソングライターになり、ギターやピアノやサックスなどといった「楽器」と「身体」が一体になったかのように演奏に磨きをかけて行く人はプレーヤー(演奏家)となっていくのではないか、と考えるようになった。

「音楽家」は英語で「musician(ミュージシャン)」であるが、どういうわけか、ここ日本で「ミュージシャン」と言えば「player(演奏家)」という意味に捉えられがちである。本人曰く、音楽家であると自己紹介すると、必ず「ミュージシャンなら楽器は何をやっているんですか?ギターですか?ピアノですか?」といった具合に質問されるのだそうだ。しかし言葉の意味からすれば、演奏する者は「プレイヤー」であり、それは音楽家というよりも演奏家と言うべきだ。ここまで話して、彼は「つまり音楽家というのは、音楽の事そのものについて考え、音楽を作っている人のことなんだ」と。ところが、このような話をしていると「芸術家のようですね」「つまりあなたはアーティストなのですね」と言われることも多いと言う。実際、麻人さんは「芸術としての音楽を作りたい」とも考えているようなのだが、それでは「芸術家」が職業になるのかと言えば、この日本では芸術家、アーティストという職業は存在しないことになっているのだという。

それは『国勢調査』における先述した日本標準職業分類によれば、「芸術家」の項目が見当たらないからなのだそうだ。国勢調査が行われる度に、職業欄から自分の職を選択するわけだが、音楽家や画家の分類はあるのに「芸術家・アーティスト」という欄はないと言う。何故そのような項目がないのか、ハッキリとした理由はわからないのだが、「音楽家」を「作曲家」と「演奏家」に大別することによって、大方職業を分類できる為なのだろう。そこで彼も職業名を考えた末、現在は「音楽家」を選択しているのだそうだ。ちなみに職業分類の中で「音楽家」は、「作曲家」と「演奏家」に大別されているものの、実際に仕事をしてゆく中では、そのどちらも兼任せざるを得ない状況にあるという。ただし職業分類に従って、どちらかと言えば、作曲家(作り手)に近い立ち位置でありながら、ライブやコンサートなどでは演奏も手掛けているとのこと。ただ、サウンドアートと呼べる表現手法では、制作した音楽作品をギャラリーなどに展示する機会もあり、これを「作曲」「演奏」と二分して分類させようとする国勢調査のやり方は理解しかねるという。麻人さんの話を聞くに連れ、こういうところに彼は社会への憤りを感じているのだと私は感じるようになった。


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(2)生い立ちから

麻人さんの生い立ちについて質問すると、そもそもお姉さんの影響からお習い事としてピアノを習い始めることになったのが最初だという。ところが当時の時代は昭和末期。小学生時代には男子がピアノを演奏するなんて女々しいというような児童間での風潮があり、またピアノが弾けるようになる楽しさはあったものの、あくまで習い事としてのピアノのレッスンには、嫌気が差したこともあったとか。
更に小学校時代には地域のジュニアブラスバンドでユーフォニウム(現在はユーフォニアムと言われることが多い)も担当した。ユーフォニウムと言えば今ではTVアニメ『響け!ユーフォニアム』(京都アニメーション)でもメイン楽器として取り上げられ、花形というイメージも強いが、当時はチューバのように目立って大きいわけでもなく、またホルンのように丸く愛らしくもなく、中途半端で不格好に大きめな楽器の形に、目立たない中低域の音色があまり好きになれなかったともいう。それでも今では大好きな楽器のひとつだというから、子供の楽器に対する視線というのは不思議なものだ。

中学に入学して、先のジュニアブラスバンドの先輩と再会したことから、吹奏楽部へ半ば強制的に入部させられたそうだが、当時の麻人さんはジャズのトランペットに関心を持っていたこともあって、担当楽器をトランペットにしてもらうことを条件に入部したそうだ。ここで、麻人さんと共に活動をしているテクノユニットA.C.E.のメンバーでもあり、現在はタンバリン博士として活躍している田島隆氏との出会いがあった。彼との交流を通じながら、シンセサイザーやエレキ楽器を使ったエレクトリック・ジャズやフュージョン、そして電子音楽やテクノの存在を知った。はたまた田島氏が小学生時代に作曲したという曲を聴かせてもらったことから「音楽は自分で作曲できるもの」という認識に至るようにもなった。それまで麻人さんにとって音楽は「聴く」「演奏する」ものであって、「作曲する」ものという考えには至らなかったそうだ。

高校ではこの田島氏の誘いから軽音楽部に入部。その傍らで人数が足らず廃部寸前の吹奏楽部を兼任しつつも、またある同級生の頼みからこれも廃部寸前の文芸部を手伝うようになり、活字の世界も楽しみ始めるようになる。読書を通じて、言葉としての音楽的インテリジェンスがあることを知るようになった。また彼はもともとピアノのレッスンを通じてクラシック音楽に親しんでいたこともあり、自ずとポピュラー音楽よりも理論や思想などで作られることが多いアカデミックな音楽を嗜好しはじめるようになった。

実家から身近な場所で現代音楽や電子音楽を学ぶ為に、大阪芸術大学音楽学科音楽工学コースに入学。在学中は、麻人さんの先輩で、まだ起業したばかりだった株式会社フェイス(近年は日本コロンビア株式会社を買収したことでも知られる)のCEOである平澤創氏のもとから音楽業界でアルバイトを得て、田島氏と共にテクノバンドA.C.E.としても本格的にバンド活動を始め、また作品発表・展覧会などにも出品したりするなど、音楽家としての活動を始めた。大学卒業後は、当時、生活環境学部を準備中で京都大学名誉教授の多田道太郎氏を迎え生活美学研究所を備えた武庫川女子大学大学院家政学部修士課程にて、サウンドスケープやサウンドデザインについても論考した。

大学院を出た後は、パトロンを得て本格的に創作活動に勤しむ「芸術家」になりたかった彼だが、社会は資本主義。パトロンを得られなければ、どこかで収入を得ないと生活できない。つまり、売れる音楽を作るか、換金できる音楽を作るしかない。90年代、空前のインディーズファッションブランドブーム(ビューティビーストやトライベンティなど)の最中、彼は偶然そういったブランドのファッションショーの音楽に携わることになった。また大学時代アルバイトの縁もあり、CM音楽などを手掛けながらお金を得てゆくのだが、やはり本当にやりたいのは現代音楽である。それはこれまで誰も考えたことも、聞いたこともないような最前衛の音楽を作っていく世界であり、前人未到の世界を提示するのが現代音楽の仕事。ヒットチャートとは無縁の世界ではあるが、実は映画やCMなどで使われている音楽は、現代音楽だったりするのだ。


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(3)前衛的音楽について

しかし、日々色んな情報が入ってきて、知れば知るほど何が前衛なのか分からなくなる。ほとんどのことは誰かがすでにやっているし、この情報社会で何も知らずに作ろうとするなんて出来ないのである。アニメにしろ、デザインにしろ、音楽にしろ、もしかしたら二次・三次制作、パクリ、ゴーストライター問題が最前衛という時代なのかもしれない。

彼は「うまくいった」という時はアートとしては面白くないという。見る人にとって分かりやすく、なるほどと言われるものは、現代音楽的には失敗だと考えている。自分がうまくいったと思った時点で前衛でなくなる、と。この考え方は周囲には間違っていると言われることが多いそうだが、では間違っているからと言ってダメなのか、というと、案外そうではないのではないか?とも彼は考える。そういう意味でも、今の音楽家が求めるものは「(ポピュラーからアカデミックまで多くのジャンルと、美術や映画といった多ジャンルにまで精通し、思想と哲学といった深い知性をもちながら、一般大衆に向けた言葉で)説明してくれる人」(批評家)であるのではないか、と更に彼は考えている。
エンターテイメントの世界でもアカデミックの世界でも、作家は、作品の完成や終わりを感覚的な部分で作っているところがあり、その意図を自身では厳密に説明できない。そこで作家に代わり、冷静に作品の価値を見極め、解釈し、哲学的な論法で世間に示唆してくれる存在が必要なのである。
これは「作家」がいて、「批評家」がいて、それを「広める者」(例えばバイヤー)がいて、世の中に作品が流通するという、アートの世界では昔から存在する形態なのだそう。彼はそんな人物が現在の音楽業界にも現れればと願いながらも、180度変わりつつあるアートの世界に、やはり憤りを覚えつつも、また一方では期待感を寄せてもいる。
その変わりつつあるアートのひとつは、YouTubeなどの「やってみた」シリーズからヒントを得られるのはではないか?と思い始めたようだ。

麻人さんは二十歳の時に一度、一切の楽器演奏を止め、そこからは楽器に頼らない別な音楽表現を模索し、音楽制作をしてきたという。この間に音楽はパソコンがあれば制作できる時代となり、そして今やスマホがあれば作れる時代へと変貌した。音楽表現の技術的な問題については機械が底上げをしてくれるようにまでなった。また何かを作ろうとすれば、音楽理論や和声法のようなある種の知識も必要だったものが、マシンのプログラムが向上すればするほど、知識的な問題も必要性が問われなくなってきた。言い換えれば、技術の底上げによって、エンターテイメントな商業音楽であろうと、アカデミックな現代音楽であろうと、誰しもが平等に技術や知識の壁にぶちあたることなく、気軽に音楽を作れるようになった。
しかしその一方では、例えば「こんなことが出来るなんてすごいね!」といった驚きや感嘆のレベル、モチベーションは下がってきているのではないだろうかと、彼は感じてもいるようだ。どれほどうまく美しく綺麗に作られた作品を体験しても、ある種の感動にまで至らないものもあるという。
その反面、アマチュアが手掛けた「やってみた」動画を鑑賞している時に、酷評されているものに出会うことがある。そういったものの中には、たとえその作品がいかに酷評されようとも、作者の「作りたい」という純粋な気持ちや欲求に正直に動いた結果生まれる、ある種の営利に振り回されない「やってみた」がそこには存在していて、これがある種の感嘆の念を引き起こし、感動に至るものもあるのだと言う。こうした作品との出会いをも最前衛の出会いと考えるにも至ったのである。そう考えるにはあまりにも浅はかではないか?と指摘を受けることもあるようだが、技術や知識があまりにも簡単に底上げされたマシンを使っただけの作品を賞賛するのも同じことだと彼は捉える。

ゴッホの絵やランボーの詩のように誰にも理解されなかったものが、理解できる人、説明する人(批評家)が登場した瞬間に莫大なお金で取引される、これがアートの瞬間である。しかしその瞬間、作品は前衛でもなくなる。
今はまだ多くのものが酷評されている「やってみた」ではあるが、そこに哲学的思想的示唆を与えることにより、それがアートの瞬間として生み落とされることになるのは、「やってみた」なのではと彼の考えは行き着いてもいるようだ。


過去の遺産・遺物でありながら、今も新しい世界を生み出そうとしている『現代音楽』を生業とする音楽家、安井麻人は、最前衛の音楽を作り出そうしている。ただしそれは簡単なことではない。真正面からぶつけるだけではなく、時として斜めから、はたまた後ろから、あらゆる角度から追求しようとする。「youtube」に目を向けたり、彼の考える音楽の世界を説明する為に、批評家、評論家の言葉を探してみたり、これまでの枠に捕われない「何か」を追い求めている。音楽家・安井麻人は、明日を越えた「明後日」へ向って、現代音楽の未来を開拓している最中なのではないかと私は感じている。


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なんと、明日、10月26日(月)に、
テクノユニットA.C.E.の30周年ライブが開催されます!

A.C.E.30周年記念ライブ『31年目デモ』



詳細はfacebookページへ!
https://www.facebook.com/events/1147065965306002/

A.C.E. Facebookページ
https://facebook.com/ace1984jp

ミニスタジオ Facebookページ
(麻人さんやA.C.E.、現代音楽ユニット穴が所属する音楽事務所「ministudio」)
https://facebook.com/ministudio.kobe


フリライターまりお

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プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

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