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科学教の伝道師

イベント2回目のゲストであり、取材対象である「アニワギはかせ」さん


イベント会場なんば紅鶴のオーナーである、ぶっちょカシワギさんの実のお兄さん(=兄ワギ)で、博士号を持っているのでその名前がついたという。見知った人からは、「お兄ちゃん」とも呼ばれていて、私自身もそう呼んでいる。紅鶴でよく顔を合わせるし、話もしたことはあるが、どんな経歴を持ち、どんな人なのかは案外知らなかった。そこで、Twitter(@a2wagi)をチェックすると、「本職は化学者」と書いてあった。
化学者・・・考えてみると、私の知り合いにはいない。どういう環境で育ち、どういう教育を受け、どういう思考を持つ人が科学者になるのだろう、なれるのだろう、私の頭上にハテナが浮かんだ。


私は人の人生について聞くのが好きだ。どうやって今があるのか。なぜ今ここにいて、この仕事をしているのか。それはおそらく私自身が答えを出せていないからなのかも知れない。もしそのことを聞かれたら、一応の答えは用意している。だけど、しっくりきていないのかもしれない。もしくは理由はもっと他にあるのかもしれない。そんなことを考えながら、アニワギはかせに自身の人生について語ってもらったのである。


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『勉強三昧の小学生。トップであるという成功体験』

僕は小学校からものすごく勉強ができました。そのルーツはハッキリしています。実家が学習塾だったんです。父は元々科学の出だったのですが、若いときに起業をして今で言う「ヤンエグ」つまりヤングエグゼグティブ、青年実業家ですね、それになりました。バイクのタイヤパンク防止剤を開発して売り出しました。だけど、大手企業がそこに乗っかってきたり、時代の流れとともにバイクは流行らなくなったりしたこともあって、友達と共同という形で学習塾を始めたのです。
父は僕を一つ上の学年のクラスに放り込みました。小学校3年の時には4年のクラスに、5年の時には6年のクラスに、という風に。僕は常に一番だったし、満点だった。勉強に対する嫌悪感がないと言ったら嘘になりますが、勉強ができるのは単純に嬉しかったのです。子供を勉強させたいと思うなら、とにかく誰かに勝ったという体験をさせることが一番です。一番になった、誰かに勝ったという成功経験があれば、それを維持しようと頑張るのが子供なのですから。


『トップから転落。そこで見えたもの』

僕は中学受験をして、学年8位の成績で私立の中高一貫校に入りました。だけど当時流行っていたゲームボーイに夢中になって、高校1年生のときには下から8位になっていました。それぞれの学校でトップを誇っていた子供たちが集まって優劣をつける社会ですから、勉強をしなければ自ずと成績は落ちていきます。進学校は残酷です。僕はそこで負けたなりの生き方を学べたのだと思います。
とは言っても、さすがに高校2年生ともなると「ヤバイ」と思いだしました。クラスで頭の良い友人にどうやって勉強したらいいか尋ねてみると「テストが終わってから勉強すれば?」と返ってきました。テストでできなかった問題と答えを照らし合わせて、理解できなかったところを分かるようになるまでとことんやると、教科書の中の大事なところは決まっていることに気づきました。僕は敵の見えない広場で闇雲に戦うのは嫌だったので、2年間全ての定期テストで赤点を取ってもいいから、出ると分かっているところを徹底的にマスターすることに決めたのです。その割り切りで、実力テストでの出来だけはいつも良く、クラスメートから不思議がられていました。

僕は学生の頃から科学者志望ではありませんでしたが、もともとベタに図画工作が好きでした。工作は、あるものをつくるにはこんなパーツが必要で、どうやったら簡略化できるかが求められます。完成したものに対して、一番上手く動いたものが良いものという分かりやすい答えがありますよね。絵なんかは描こうとしているもの(モデル)が一番の完成形なのに、それをセンスよく描くことが求められ、評価は先生の好みによるところが大きいのが苦手でした。理屈がつけられないものは嫌いなのです。


『大学での転機。研究の面白さとの出会い』

大学は結果的に科学的なところに行きましたが、僕はどの学部に入っても多分それなりに面白い、なんでも頑張れるからいいや、と思っていました。日本の高校生が抱いている”自分の好きなこと”なんてマヤカシですから。
結局、受かった中で入学金の安い公立大学の応用化学系の学部へ進学しました。大学に行ってからもご多分に洩れず、授業をサボりました。最終的に128単位で卒業したのですが、それは卒業に必要な単位ピッタリでした。いくら160単位取っても同じ卒業。無駄な単位はいらないのです。ギリギリではなくピッタリなのです。
そうやって過ごしていましたが、実は研究室に入る前に転機がありました。3回生の夏休みの時に、「どうにもこうにも大学の勉強が分からない、面白くない。みんなが研究を面白いと言っているのに、自分だけが面白くないわけがないはずなのに」と立ち止まりました。勉強する気を起こすためには研究の面白さを体験しなればと考え、実際に研究でいい思いをしている人の声を聞くべきだと思ったのです。そこで「月刊化学」という生協で売っていた1000円くらいの本を買いました。ここには教科書とは違う”最新の”化学が載っているので、それを知れば興味が持てるだろうと我慢して1年読み続けました。すると、まんまと面白い気がしてきたのです。

実は教科書に載っていることは現状から考えると20年くらい前の研究です。最新の研究をしている最中は、世界中で一刻を争う熾烈な戦いが起こっていて、研究者たちは教科書を作るどころの話ではありません。いい研究テーマという鉱脈が見つかると、そこにたくさんの研究者が群がってきます。いつどこで誰が自分と同じ研究をしているか、発表をしようとしているか分からない疑心暗鬼に駆られながら戦わなければいけない世界です。
現代は大学の先生にはほとんど終身雇用がなく、5年とか7年とかの期限つき契約で雇用されています。その短い間に世界中の見えざる天才たちとの激しい研究闘争を掻い潜り、論文を書き、認められてようやく次の契約に有りつけるのです。そんな天才ばかりの中で戦い続ける大学の先生たちよりキツイ仕事を僕は知りません。

僕は分からないことがあると勉強する気が起きるのです。
「月刊化学」を読んで、世界中の分からないとされていることに対し、こんなアプローチであんな研究がされていて、ここまで明らかになったということを知ることができました。世の中にある分からないことを貯金していこうと、毎月丹念に読んでいると自分の中に引っかかる案件が出てくることに気づきました。そして1年経つとなんとなく世の化学のトレンドとその背景、例えば新しい機械の発明や事件・災害などが起きていたこと、が見えてきて、そうなると自分にも何かできるかも思えてくるのです。
当時僕は「人工光合成」つまり光エネルギーをいかに貯めるか、ということをやらなければと思いました。実際に90年代前半から今までずっと流行っている分野です。日本はもともと資源の少ない国だし、石油枯渇問題もあって、再生可能エネルギーや太陽電池の必要性が取り沙汰されていた時代でした。当然国の予算もそういうところに投入されているので、そこから20年は光エネルギー変換の時代であったと言えますね。


『丁稚奉公と承認欲求』

4回生で研究室が決まって人工光合成に絡む光エネルギー関係のテーマを選んで研究を行いました。研究というのはつまり「丁稚奉公」です。丁稚奉公はキツイですよ。朝9時頃には学校に行って、実験したり、関連論文を探して読んだりして夜9時か10時くらいまで過ごし、ご飯を食べて帰るだけの毎日です。
化学の世界は新しいテーマに移行しにくいので、先生がこれまでに成果を出してきた延長上の仕事をするのです。つまり、どんないいデータを出しても手柄は先生のものです。結局僕は人工光合成に絡むエネルギー関係のテーマを選びましたが、うまくいかず路線変更しました。大学を卒業し、大学院に進学しましたが、あまりテンションの上がらないテーマをやり続けることになりました。ですが、自分のやりたいテーマではなくても、研究は必要であり、世の中の役に立つことだと思っています。何かしら世界へ先駆けて新しいことを行っているという確信はあります。モノを知らない大学生が自分の興味のあるテーマに行き着く可能性なんてかなり低いので、好きではないことも好きになるというルートを選ばなくてはいけないのです。今好きじゃなかったとしても、本気で取り組んでみないと分からないでしょ。だから「自分が楽しいかどうか」に正直になってはいけないと思います。

人間というのはどこまでいっても人に褒められないと嬉しくない、つまり「承認欲求」を持っています。自分が他人に勝てるもの・ところがあることが大事です。承認欲求は定義を拡大することができます。勉強に限らずなんでもそうですが、ちょっと他人より抜きん出ることで褒められる場所が見つかります。それは評価基準を自分が決めるではなく他人に委ねるという諦めでもあります。人は常に何かを失敗して生きていくもの。自分の満足を自分で設定していると、失敗したらその度に自分自身を責めることになり、出来ることは減っていきます。失敗してもいいやという許しをどこかで得ないといけないわけです。それを人の判断に委ね、価値観を広げることが必要なのです。


『無敵の論文マスター、科学者になる』

その後、国立大学の博士課程に進みました。卒業には3年間で最低3本論文を書く必要があります。とにかく研究を一歩でも進めないといけないという不安と焦燥に駆り立てられ、1年のうち5日しか休まなかった年もありました。2年目の終わりに論文を1本書き上げ、3年目の7月に無事3本書き終えたのですが、この頃には論文を書くのが面白くなってきました。残りの8ヶ月でさらに論文8本分のデータを出し、最終的に修了(大学院は卒業ではなく修了)時点で7本の論文を掲載、11本分のデータをまとめました。他の大学からの編入で11本分のデータは尋常ではないと言われていましたが(笑)。でも丁稚奉公ですから、先生の研究テーマがよかったんですね。ただ、この「論文を書く」という作業にはコツというかギアの入れ方があって、これに開眼しない人間はプロにはなれないのだと思います。最初に書いた3本の論文の研究データの中で足りないものが見え、新しいテーマが生まれます。それを潰していくことで、さらにテリトリーが広くなり、この繰り返しで研究は続いていきます。研究者にとって、いいデータが出ることが成功体験であり、麻薬のようであり、追い求め続けることにつながるのです。

無事、博士号を取得し卒業して、科学者になりました。それはつまり公務員です。「科学者」という職業は正確にはないわけですが、「科学者」といえば大学の職員と地方自治体・国の持っている研究所の研究員のことでしょう。企業の研究員は「社員」です。
採用試験では30倍の倍率を勝ち抜いての採用でした。僕には当時、簡単には負けないだろうという「無敵感」がありました。面接で大事なのは、面接官の気持ちが分かる、ということ。企業が採用したいと思う人物を演じることが出来たのです。企業には意図があって、その判断基準の元で採用か否かを決めます。頑張った分だけ、熱意を伝えた分だけ、認めてもらえるなんてことは世の中にはないのです。ただ現実はそうでも、どこかで見てくれている人や評価してくれている人は必ずいると思うことで、割と無敵感が出てくるんですけどね。
現在、私は学校の理科室が大きくなったような研究室で、世の中の人が思う化学者のイメージ通りの例えばフラスコでAとBを混ぜてCを作る、みたいな実験をしています。そうやって役に立つ新しい物質を生み出そうとしています。


『目指す未来。理系思考の伝播』

僕は常に、「あらゆることは論理的に捕らえよう」という切り口でイベントを行っています。「日本の全国民が理系の思考能力を獲得する」ことがゴールです。
そう思うのは、理系の思考を持ったほうが世の中がおもしろく見えると思うからです。ほとんどの人はそのことに気づいていない、気づかされていない、気づかせてもらっていないのです。ここを教育に頼るのではなく、子供を教育するのは親なので、理屈っぽい子供を育てようと思ってもらえるように、これから親になる世代に広めていきたいです。日本を盛り上げるのに一番大切なのは親ですから。

文系の人は、何でもかんでもちょっとわからないことがあると目をつぶったり、「難しい」と言って終わらせたりする悪い癖があると思います。それをすると対策が立てられません。なぜ「難しい」のかを考え、問題を分割してどこから攻めていくか考えていくべきです。難しいといって終わらせることは解決する気がなかったということ。考えられるべきところは人任せにせずに、考えていこうよと言いたいです。極端な話、誰でもイチローになれるのです。彼は神の子ではなくて、努力や環境が上手く作用して、あのような選手になったわけで、本質的には変わらないのですから。
「難しい」というのは日本人病であって、良しとされている言葉、つまり「玉虫色」です。(見方や立場によっていろいろに解釈できるあいまいな表現などをたとえていう意味)日本では建前を取り繕って誰も悪者にせずに終わることは良しとされています。それは、本当は見えるのに見えないことにしていることでもあって、世の中をつまらないものにしていると思います。
難しいことや分からないことが生まれた時に、即座にその場で解決すると賢くなりますよ。やっているうちに調べるスキルもつきます。できなかったら人に聞いてもいいのです。自分ひとりで解決する必要はありません。それが理系の脳につながります。日頃から解決する習慣をつけていくと、どこに行ったら必要な知識があるか、手近な知識を連結させて引っ張ってくる力も確実に身についていきますね。


『科学とは?』

科学は宗教です。この世の中でキリスト教よりも猛威を奮っている宗教です。
みんな、科学的にいつか全て解明されると信じているでしょ。
「科学とは、徹頭徹尾、神の存在を否定するという教義を持った宗教」と言われます。科学は「神がいない教」なのです。科学は神がいないとして、すべてのことを説明できるのかという取り組みを行っていて、今のところほとんど矛盾がなく成功しています。キリスト教・イスラム教・仏教など他の宗教と比べ、はるかに矛盾が少ない宗教ですからね。

布教活動として、科学を啓蒙しているのは会社の外ですね。僕は理系の思考能力を持った人が一人でも多くなるような活動を地道に続け、死ぬときに「日本人は全員理系になったなぁ」と思って死にたいのです。

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今回はアニワギはかせの言葉のみで文章を書いてみました。
記事を書き方にもいろいろあって、このパターンが今回の取材には一番いいのではないかと思いました。
もちろん順序を変えている部分、割愛している部分、言い回しを変えている部分(「ピー」の部分。笑)もあります。
それは実際にイベントに来ていただいた方のみの特権です。


アニワギはかせのお話を聞いて気づいたこと。
私自身「難しい」というワードは口癖のように言ってしまうところがあります。
確かに、「難しい」にはたくさんの意味が含まれているんですよね。

「分からない・知らない」などのI can't understand
「できない・不可能」などのI can't do
「どうでもよい・興味がない」などの I'm not interested

不都合なときに、ごまかしたいときに使える便利な言葉かもしれません。

「難しい」は difficult なので、本当は意味が違うのだけど、
日本語はたくさんの意味合いを含んだ表現が多く、
奥ゆかしいとか趣がある、とか、建前とかでよく使われていますよね。
使われている、というより、無意識に使ってしまっているのでしょう。

私のような「文系」人間は、理系の人に対して、劣等感というか、何だか勝てない感を持っています。
でもアニワギはかせのお話を聞いて、理系思考への扉が少し開かれたような、隙間から光が見えたような気がしています。

疑問に持つこと、疑問と向き合うこと、疑問を調べて理解しようとすること。

ちょっとの意識で変われるのだ、と気付かせて頂きました。


科学教に仮入信・・・しようかな。

P7010219.jpg


フリライターまりお
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プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

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