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神の教え


先日パワースポットの天河大弁財天社に行ってきた。

水商売の神様と言われ、音楽や芸能関係の人も多く訪れる場所。


詳しくは別のブログに書いてます。
http://s.ameblo.jp/mar23io/entry-11515979940.html


2年前に行ったとき、その後に受けたオーディションに受かったこともあって、お礼参りの意味合いもあった。


しかし、正直言うと、すがりたい部分が多かった。



今の仕事からもう一つステップアップしたい。

「芸能の仕事だけで食べていけるようになる」

と言う目標にはまだまだ到底たどり着けそうもないのだ。


周りと比べても仕方ないのは分かっているし、
今ある仕事を精一杯やらせて頂く、これも当たり前のこと。


ただ何だか分からない不安や焦りが日々襲ってくるのだ。



何となく頭の片隅にあって、行かなきゃと思っては消え、の繰り返しだった天河に行ける時間ができた。


行くべき時でないときはたどり着けないという噂もある。

ビビりながら車を走らせ、ようやく到着。

お参りを済ませ、お守りを買い、前回のものを返す。

そして、一応、おみくじを引く。



これを開いた瞬間、動けなくなった。





~神の教え~

難儀苦労ある時ばかり神の御袖にすがる気か

難儀の時の神だのみ、平素は一向に振り向きもしないで、人の力の及ばぬ苦しみに行き合わすと、俄かに神様神様とさわぎ立てる。神様も可哀想だと思し召し御助けなさって下さるでしょうが、私共は平素から神様を敬い其御心に叶う様正しい行いをしておかねばならぬ。



脳天直撃セガサターン…

「わなわなする」って状態を初めてリアルに体験した。



今思えば誰にでも当てはまることなのかもしれない。

だけど、"あの時あの場所で"読んだからこそ、動けなくなるほどに衝撃を受け、自分の弱さを突きつけられ、考え方を改めさせられた気がした。


さらに「恋愛」の欄には

【顔によらず心を選べ】


ねぇ、なんで?どうして?知ってるの??



完全ガクブル状態。((((;゜Д゜)))←こんな感じ


そのお守りを投げ捨てて帰ってしまいたかったけど、これは忘れてはいけない、自分の戒めなんだと、財布に入れて持ち帰ることにした。



帰ってきてから、新しい出会いと嬉しい再会があったり、仕事をもらえそうだったり、動きが出てきてる。


でもどんな状況でも、
今回頂いた「神の教え」を忘れずに精進していこう。




たかしま まりお

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江戸へ旅立つ舞台裏のヒーロー

今回の取材対象の方に会うのは、2回目。

これまで取材させてもらった人の中では、おそらく一番私に立場が近い人物である。


細川 博司さん(39)

肩書きを聞くと、
「舞台演出家」「脚本家」そして「劇団バンタムクラスステージ代表」


取材する前の情報としては
「舞台を作っている、ペルノ(お酒)で酷いことになったことがある」くらい。



私は2月に所属する松竹芸能俳優部公演に出演させてもらい、
舞台の何たるかを、少しは学んだつもりでいた。

が、しかし、それはあくまでも事務所が主催して“くれる”舞台。
自分たちで準備したり、作り上げた部分もあったので、してもらっただけではないのだ、と
「劇団」の代表の前では、とても言えたものではない、と言ってから気付いた。


そもそも、「劇団」とは何なのか?

劇団はこの世にどうやって生まれるのか?

それを投げかけてみると、劇団を説明するにはまず「劇団員」の定義から話す必要があると、少し間を置いて、ゆっくりと説明してくれた。

劇団員とは、役者としてだけではなく、準備や稽古場・劇場予約、渉外などの雑用も行う。
つまり劇団とは「こんな芝居をしたい」と思いを持って、それにまつわる運営をみんなで分担して行う団体である、と。

それはそれは強い志とプライドを持って劇団活動をしているのだろうと思ったが、細川さんは自分のやっていることは「趣味」であると断言した。それだけで食べていけない限り、プロとは言えないと言うのだ。

このことに関しては、激しく同意した。

私は周りの人から、舞台に出てスゴイとか、ラジオがあって忙しいね、とか言ってもらえることがある。
でも現実は、バイトで稼いだお金で生活を送っているのだ。タレントとしての活動をしている時間よりもバイトをしている時間のほうが長いのだ。そして初対面の人に「仕事は何をしているのですか?」と聞かれたときに何と答えるかを悩み、「タレント」と言った後の反応がどうかを死ぬほど恐れているのだ。

理想と現実の間で、プライドとコンプレックスの間で、冷静と情熱の間で、日々彷徨っているのだ。



細川さんのルーツを探るには、小さい頃からの話を聞くほかない。

小さい頃の夢は、漫画家。
漫画家になりたかった人は五万といるだろう。でも人はどこかで現実を見る。自分の実力を知る。
しかし細川さんは小学校も中学校も高校でも漫画家の夢を持ち続け、同人誌を書いて、コミケ(コミックマーケット)に出したりしていた。
高校の美術の先生に夢を打ち明けると「漫画家になるには漫画以外の知識も必要。映画も勉強しなさい」と言われ、大阪芸術大学の映像学科に進むこととなった。そこでは映像製作についてはもちろん、脚本についても勉強した。
ところが知ってから知らずか、卒業に必要な一般教養の授業をほとんど取っていなかった。どうしたものかと考えていると、友人から映像製作担当として劇団に入ってほしいと頼まれた。その劇団は劇中にプロジェクターで映像を映すという演出方法をとっていたのだ。映像学科の細川さんは短編映画なども作っていたのでお手のものだった。

細川さんは思った。「劇団に入れば大学を辞める理由になる!」

母親に「劇団に入るから大学を辞める」とまったく筋の通らない話をして大学を辞めたが、学生マンションには住み続けた。その頃の生活は褒められたものではなかったようだ。当時の自分はクズだったと自虐するほどに。

その劇団は現役大学生と卒業生とで構成されていた。
そこでの細川さんの立ち位置は映像製作。芝居に関与していなかったが、映像を作るだけでは暇を持て余す。稽古場に顔を出し見学していると、演出担当が行う「ダメ出し」が面白くてメモをするようになった。すると役者たちが自分たちが何を言われていたのか確認に来るようになった。

いつしか演出助手のポジションになっていた。
ある時、劇団が2本立ての舞台をすることとなり、その1本の演出を任されることになった。これが演出家デビューだった。この舞台が思いの外評判がよく、手ごたえを感じていた。それに同じ劇団に2人の演出家は要らない。2000年に「バンタムクラスステージ」を立ち上げた。

ネーミングに興味のある私はもちろん劇団名の由来を聞いた。
あしたのジョーが好きな細川さんはそこから矢吹丈の階級である「バンタム級(クラス)」をチョイス。またバンタムには「凶暴なニワトリ」や「生意気な小男」のような意味合いがあり、そこも気に入った。さらにもともと3つの単語で構成される言葉が好きだったので、「舞台」の意味である「ステージ」を付けた。

まだ小さい劇団ながらも演劇界にケンカを仕掛けるように挑んでいく姿勢そのものの名前だと感じた。


劇団を立ち上げたものの専属の役者もいなければ、スタッフもいない。これまでの人脈を使って人を集め、公演を打った。上々の評判を得て、その後も念に1回のペースで公演を続けた。


人生は、ほとんどの人にとって、順風満帆には行かないものだ。

もしくは周りから順風満帆に見えていても、当人はそう思っていないことも往々にある。



細川さんは結婚した。
当時劇団をしながら専門学校の演技指導講師をして生計を立てていたが、家族のために転職し仕事を頑張った。仕事を頑張ったら忙しくなる。劇団は一時途切れた。多忙の中でも時間を見つけては、地道に映画を自主制作をしていた。


細川さんは離婚した。会社も辞めた。

そして、やっぱり、思った。

「芝居をやろう」


自主制作した映画は映画館で上映もしたが、反響は無く、手ごたえも感じなかった。
映画は好きであることが裏目に出て、やりたいことに限界があると思ったし、こだわりすぎてファンが作っただけの作品に感じた。
いっぽうの芝居は、誰に教わったわけでもないので、先入観なく我流を貫くことが出来たし、好き放題にやれる。


再スタートしてから自主作品「ルルドの森」を上演。
サイコサスペンスではあるが私小説に近い内容で、舞台でありながら映画の脚本のように演出した。演劇コンテストで評価が分かれ、審査員の間で物議を醸し、‘ある意味’話題となった。

その「映画のような舞台」とは、通常の舞台ではあまり行われない舞台転換の多さを指す。また、バンタムクラスステージの特徴としては、リアルな銃撃戦がほぼ取り入れられ、凄まじい緊張感の中「痛い・怖い」を躊躇いなく表現し、人が死ぬシーンも多い。芝居で「恐怖」を体験してもらうことをモットーとしている。

ホラーが苦手な人は無理だ。

でもそれでもいい。他にないもの、負けないものを作りたいのだ。


・・・と書いている私もまだ見たことが無いので、知ったようなことは言えないのだが・・・


映画的な感触のスタイルが確立され、徐々に劇団は芽を出し始めた。
専属の役者も揃い、リピーターが増え、人気も出てきて、芝居を打つと満席になった。

2011年初の東京公演作品が、池袋演劇祭で優秀賞を取った。

この世界で東京つまり「江戸」で評価されることは大きな意味を持つ。
誰もが東京を夢見る。東京で売れて、全国区になりたいと思う。

いつもは舞台で銃を撃っていた細川さんは、東京でその舞台の「珍しさ」を評価されたことが引き金となり、好機逸すべからずと東京行きの銃を撃つことに決めた。


ここから先は、未来である。


東京行きは2013年5月。


その先のストーリーは、細川博司という舞台裏のヒーローが一生を掛けて書き上げるのだ。


DSC_3315.jpg

劇団バンタムクラスステージ



たかしま まりお

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怒る

昔から思ってること。


怒れる人はパワーがある。

と言うか、怒るにはパワーが必要だ。


ここでいう「怒る」とは、対象となる相手に直接怒りをぶつけること。


大人になったら、怒るより諦めることを選ぶ。

大人になったら、こんなんで怒るなんて、と冷静を装う。

大人になったら、相手には怒らないで他の人に文句(愚痴)を言う。


なりふり構わず気分だけで怒るのはよろしくないが、
気持ちを相手にストレートにぶつけられることはいいことだ。


怒られるより
怒るほうが傷付くんじゃないのかな。

後々になっても心に残って、言わなきゃ良かったと思うことも多いんじゃないかな。


ブスくれたり、黙りこんだり、無視したりするより、
ずーっと大変なことだと私は思っている。


エネルギーも必要だし、ダメージも受けるなんて。


そんな呪文がドラクエにあったような、なかったような。

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光をつかむ先天的古物商


今回取材をお願いしたのは、昔のおもちゃの専門店「モズライト」社長 村田達典さん(39)

実は私たかしままりおは、松竹芸能のお笑いコンビ・アルミカンの高橋沙織ちゃんと「穴」と言う音楽ユニットを組んでおり(詳細はこちら)、その2人で道頓堀のトンボリビジョン等で現在流れている「モズライト」のCMソングを歌わせてもらっている。そのCMソングを作ったのが「穴」のプロデューサーである安井麻人さんで、元々2人が知り合いだったことから、一緒にお仕事をさせて頂いたという縁がある。

…と、村田さんとの関係を説明するのにも間に人が入るため、やや時間がかかるわけだが、縁やつながりでやっていきたいブログなので、取材対象としては持って来いの人物である。

村田さんの情報としては
「中古おもちゃ屋モズライトの社長、毎日飲み歩いている、ご近所さん、白縁メガネが印象的」と言ったところ。



村田さんは小さい頃から変わっていたという。
ただ、私の経験上、自分自身を「変わっている」と言う人は、そこまで変わっていない場合が多い。自分のことを「天然」と言う人が天然ではないのと同じだ。だから、あんまり期待しないことにした。

しかし早くも私の経験上での目測は軌道修正を図らなければならなくなった。

村田さんは、15歳の頃から大阪のアメリカ村で古着のブローカーとして商売をしていた。古着屋A店ではあるジーンズが50,000円するのに、B店では同じものが3,000円だった。そこで村田さんはB店でジーンズを買い、A店に売った。そういうことを繰り返しているうちに月に20~30万稼いでいたという。
15歳の少年にそんな古着の目利きが出来るのだろうか。聞いてみると、村田少年は古着マニアだったと言う。当時大好きだった古い映画(例えばジェームス・ディーンの「理由なき反抗」など)に出てくる人物が着ている服が、なぜあんなにカッコいいのかと不思議に思い、調べてみた。すると、ジーンズの染料や織り方、ステッチの入り方が今あるものとは違うことに気がついた。ジーンズだけではなく、スウェットやTシャツにしても、価値があるものには理由があることを見抜いていた。当時は古着の価値がまだ定まっておらず、希少価値の高いものが安く売られていることもあった。そのマニアの知識をフルに活かして、若きブローカーとして、アメリカ村では一目置かれる存在となっていった。

村田少年が古着マニアと言えるほど古着を好きになったことは、映画への憧れだけではない。
生まれながらにその「気質」を持っていた。

3歳のころ集めていたものは、江戸時代の大工道具だった。例えば、鉋(かんな)や鑿(のみ)、金づちといったもの。四天王寺で月1回行われている縁日へおばあちゃんと一緒に行き、露店で500円くらいの大工道具を買ってもらっていた。幼稚園のころ、初めて覚えた漢字は「寛永通宝」という渋さ。周りがファミコンで盛り上がり出したころ、ガラス版写真(写真乾板)や銀塩写真(アナログ写真)、べっ甲も牛乳瓶(戦前のもの)も碁盤も好きだったと言う。
鼻垂れ小学生が、古い木目の味わいを感じ、レトロな写真に哀愁を覚えていたと言うのか。友達の親から「あの子と遊んじゃダメよ」と言われても納得のいく、異彩の放ちぶりだ。

中学生のころには、その異彩ぶりが成長し、良く言えばヤンチャ、素直に言えばヤンキーだった。
やりたくない授業は受けない、授業をボイコットするためにあの手この手の悪さをし、先生たちを振りに振り回した。仲間の中ではブレーン的存在の悪知恵担当、自分は手を下さずに指示を出し、あんなことやこんなこと(ご想像にお任せします)をした。
高校生となった村田少年は先に書いた通り、ブローカーとして商売をするようになった。自分の親以上に年の離れた商売人と付き合うことで新しい世界を知り、お金を稼ぐことの難しさを痛感し、更生した。学校はあまり意味のないものだったが親に懇願され卒業はした。


そんな村田さんは18歳のころ、アメリカ村の三角公園の前に事務所を構えることとなる。本格的に「商売」を始めたのだ。しかし、同時に古着がブームとなり、雑誌などで紹介されることでその価値が固まり出した。今までの方法ではビジネスにならない。
そこで20歳のころに海外に出た。行った先は「タイ」。バンコクに滞在し、古着の仕入れを行った。タイとカンボジアの国境にある、アメリカなどから大量に救援物資として衣料品が届くアラヤンプラテートと言う町がある。そこにはスリフトショップと呼ばれる寄付で成り立っている古着屋があり、そこで安く商品を仕入れた。「古着と言えばアメリカ」と考えがちだが、タイで仕入れることを思いつき、実行した。先見の明があったのだ。
しかし時代は流れるもの。22歳のころ古着ブームに陰りが見え始めた。だが、陰りの中で一際輝く光を見つけた。紹介を受けて新たに商品を卸すことになった古着屋の女性店長が今の奥さんである。出会った瞬間にビビッと来たらしい。この話は広げないけれど。
古着からおもちゃにシフトしたのはこの頃だ。商品を卸していた古着屋の倉庫には必ずと言っていいほどおもちゃが飾ってあることに気がついた。おもちゃが商売になるのではと思った。アメリカ村の事務所を閉鎖し、堺に借りた車庫を倉庫にしてイベントや通販のみで商売をした。その後、24歳で結婚。これまでに稼いだお金のほとんどは遊んで使い果たしていたので、生活に必要なものを揃えると貯金はなくなった。奥さんと吉野家の牛丼1つを2人で分け合い食べる毎日。貧乏だった。つらい思い出かと思いきや、「そんなこともあったわ!今思い出したわ~」と楽しそうに語っていたので面食らった。「2人で死のうと思った…」くらい言ってほしかった。

この頃、神戸元町の高架下に店を出さないかという話が来て、ほとんど勢いで始めることにした。堺から引越し、奥さんとおもちゃ一本で商売をスタートさせた。当時、アンティークおもちゃの聖地は日本橋だった。人と同じことが大嫌いなあまのじゃく体質の村田さんは元町でお店を出すことを敢えて選んだのだ。


お店の名前は「モズライト」実は始めは「モズ☆ライト」だった。

モズライトと聞くと、ギターを思い浮かべる人が多いかもしれないが、関係はないと言う。
中古品を扱う店は、警察に古物商の免許を取りに行かなければならない。村田さんが免許を取りに行った際、屋号を決めるように言われた。だが、免許を取ることは考えていたが、お店の名前までは考えていなかった。もう一度来るのは面倒だ。ふと住所の記入欄を見ると、「中百舌鳥」と「光コーポ」の文字が見えた。

中百舌鳥 光・・・なかもず 光・・・なかもず ライト・・・モズ☆ライト!!

村田さんは適当に決めたと言っていたが、こういった連想ゲーム的なネーミングは私的に大好きだ。
私は一部の友人に「ルイ」と呼ばれている。私の名前「まりお」・・・スーパーマリオ・・・の弟はルイージ・・・ルイという由来でついたあだ名だが、とても気に入っている。


いつのまにか☆は取れたが、ここから「モズライト」の快進撃がスタートした。

村田さんの先天的な古いもの好きマニア気質と、価値のあるものを見抜く目利き力、
お金稼ぎの嗅覚と確かな戦略、売買をする上での交渉力、そして話の中で何度も村田さんが言った「運が良かった」こと。

いつしか「おもちゃ界のイチロー」と呼ばれるまでになった。

アンティーク品は新しい物が作れない。限られた商材は、世の中を回りまわる。「一点物」と呼ばれる限定品に人はお金を積むのだ。一点物を持つことがステータスであると考える人もいるし、それを心から愛するコレクターもいる。
扱うものは利便性や斬新さを求められる商材ではないので、口コミと言う信頼の下にしか成り立たない商売だ。


村田さんは好き嫌いがハッキリしていて、好きな人としか付き合わない。その関係に信頼がないわけがない。
そのおかげで、ストレスを感じることもなければ、もちろん溜めることもないそうだ。

聞くまでもなかったのだが、当然、挫折もなかった。思い通りに行かないことは何もないと言う。


挫折はなくても、ターニングポイントぐらいはあるだろうと思って聞いてみた。
その時々にポイントはあったそうだが、一番はTV局で大道具の仕事をしていた時だと言う。
「えっ!?大道具?古着じゃないじゃん!!」と混乱しそうになったが、気を落ちつけて聞いてみた。
19歳のころブローカーをしながら大道具のバイトもしていた村田さんは、島田紳助さんや上岡龍太郎さん、笑福亭鶴瓶さんの番組を担当していた。紳助さんに話しかけてもらうことが多かったので、ある日村田さんは胸の内にあったことを投げかけてみた。

村「やりたいことがあって、こんなことをしてていいのかなと思うことがあるんです」
紳「若いんやからやりたいことやったらええねん」

これは当たり前の答えかもしれない。誰にでも言えることかもしれない。
ただ明らかなことは、「島田紳助」という人間に、欲しかった言葉をもらった。押してほしかった背中を押してもらったのだ。

それから、古着・おもちゃとやりたいことをやって今がある。


次に、夢を聞いてみた。

「自分の周りがハッピーであること」だそうだ。意外にも思えるが、良く考えると納得も出来た。

幼いころから異端児扱いをされた人間は、自分が人と違うことを誰よりも認識している。
だから、周りに自分と同じであることを求めない分、ハッピーでいてほしいと願っているのではないだろうか。


生まれながらの古物商は、その手に様々な光をつかんで自らの輝きに変えてきた。
これからもその光で、周りを明るく照らし、ハッピーにしていくのだろう。

DSC_3285.jpg

しかし、光のうらには必ず影がある。
毎日飲み歩く村田さん。健康だけは気を付けてくださいね。

DSC_3287.jpg
元町高架下にあるよ。

モズライトHP



たかしま まりお

大きい顔が流行る日

阪急梅田茶屋街口界隈では、タカラジェンヌをよく見かける。

まだタカラジェンヌにはなっていない卵たちかもしれないが、放つオーラは十分。


髪型はもちろんショートカットで金髪、中折れハットを被り、
パンタロンっぽくて皮かジーンズのパンツをその長く細い脚にピタッと履き、
背筋をピーンと伸ばして大股で、且つ、華麗に風を切って進む。


スタイルが良いのは当たり前だが、タカラジェンヌを見ていつも思うのは「小顔が過ぎる」ということ。


「そのハット、デカくない?」
ってくらい顔が隠れるのは、顔が小さいからだ。
単なる小ささではない、かなり小さい。


顔の大きさに関しては、少々思うところがある。

たぶん、大きい方ではない。
だが私は身長が175cmあり大柄だ。
単純に比較すると、小柄の人よりも顔は大きい。


私を、‘遠目に単独’で見てもらえば、普通かもしれない。

しかし世間は私を‘遠目に単独’では見てくれない。

小柄のタレント仲間と写真を撮るときには顔を寄せるし、
テレビに出る時だって、一人後ろに下がって遠近法を使うわけにはいかない。


極端な話、小顔なら

目が離れて口が大きくても「エキゾチック」
眉毛が極太で目が細くても「ミステリアス」

なんとでもプラスに表現される。

装苑とかVOGUEの表紙モデルの感じ。


でも大きい顔だったら?

答えは「ブサイク」・・・の可能性が高い。


顔の大きさは、産まれ持ってだからどうしようもない。
メイクでカバーしようとしても、目の大きさは自由自在の読モでもお手上げだろう。


ダイエットをして細身になれても、小顔にはなれない。
これは血統だ。遺伝だ。ジタバタしても仕方ない。顔の骨格は整形しないと変わらない。


この対応策は、「大きい顔の方が良い」ということを流行りにするしかない。


かつてはアムラーと呼ばれた安室奈美恵さんの細い眉毛を真似る人がいたように、
ガングロと呼ばれる日に焼けたギャルたちが増加したように、
最近では、眉毛は太く、ナチュラル(に見える)メイクが流行っているように、
いつか大きい顔が流行となり、陽の目を見る日が来ることを祈るばかり。

そしたら小顔の人は大きな顔に見えるメイクとか
(どうするんだろう?アゴに膨張色を塗る?)
髪型をとにかくボリューミィにするとか、
こぞって雑誌で「大顔に見えるメイク術」が取り上げられるのだろうか。。

いや、何だか楽しそう。
今までにない、ファッション誌が見ることが出来るかもしれない。

VOGUEさん、大顔旋風巻き起こしませんか?


そしたら私も怯むことなく、ガンガン前に出るのに。



たかしま まりお
プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

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