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ノッティングヒルの芸人(後編)


それから1週間後、初めてのネタの打ち合わせの日がやってきた。


最初はやっぱり自己紹介だよね。わたしのことを分かってもらうために、簡潔、かつ明確に、を心がけて話すことにした。

小さい頃から漫才師になりたくて相方を探していたこと、だけど『これだ!』と思う人に出会えなくて今に至ること、そして、彼が本屋に来たとき初めてビビッときて、勇気を出して声を掛けたこと。もちろん、ノッティングヒルの恋人の大ファンだと言うことも。
改めてコンビになってくれた感謝も伝えると、彼は恥ずかしそうにモジモジして、頭をポリポリ掻き出した。

そもそもノッティングヒルの恋人好きのわたしが、なぜ漫才師になりたいのか、ということを補足しないとね。
ジュリア・ロバーツってそれこそラブコメの女王でしょ?彼女のラブコメでのテンポの良さって言ったら、本当に漫才とかコントを見ているみたいだな~って、ある日ふと思ったの。それに、彼女の持つセクシーさと可愛らしさ、ちょっとオーバーなリアクションと、たまに見せる「ヌケ感」みたいなのが最高のバランスじゃん!あぁなりたい!って。でもわたしはハリウッド女優として輝くことはできない、だけど、漫才師になってジュリア・ロバーツみたいな雰囲気をこっそり出すことはできるかもしれない、って考え方をちょっと変えてみたの。そしたら居ても立っても居られなくなっちゃって、自分でネタを書いてみたり、YouTubeで漫才やコントを1日中見ていたり、お笑いライブにも通ったり。あとは相方を探すのみだったんだけど、これが一番大変だったってわけ。

そしてようやく見つけた相方、彼の名前は、国尾 護(くにおまもる)。わたしが言うのも何だけど、ネタみたいな名前!と心の中でキャッキャしちゃった。
歳は30歳なんだって。10コも上なのに、年上に見えないんだよね。ちょっと頼りないし、フワフワしてる感じで、ペットみたいに首輪をつけていないといつの間にかどこかに行っちゃいそうな不安定さを持ってるんだよね。わたし的にはそこがイイ部分でもあるんだけど。
国尾さんは自衛隊になりたかったけど訳あってなれなくて、自衛隊オタク(ミリタリーオタク、ミリオタと言うらしい)として活動しているって話してくれた。きっと生まれつき身体が悪いとか、家庭の事情とか、そんな理由だろうと思って、気を使って詳しいことは聞かなかったけどね。自己紹介の最後に彼は立ち上がって、
「私もバディが見つかって非常に嬉しく思います。素人ですがよろしくお願いいたします。」
と軍隊仕込みの・・・あ、違うよね、正しく言うと、軍隊もどきのきれいな敬礼をして締めくくった。相方のことを『バディ』と言うのはちょっと違いますよ、とツッコミかけたけど、こんな国尾さんの良さ(面白さ)を大切にしていこうと、なんだかシャキッと気が引き締まったわけ。

すると、国尾さんはいきなり「私、ネタ、考えてきました」とカーゴパンツのポケットから、メモ帳を取り出してわたしに見せてきたの。さっと目を通してみたけど、南海キャンデーズさんとオードレーさんのもろパクリだった。南海キャンデーズさんは男女コンビで女性のほうが大きいから、わたし175センチ、彼162センチで、設定としては間違ってないんだけど、ネタまでパクっちゃアウトだよね。オードレーに関しては、わたしが「テーッス!」しか言わないから、残念ながら即却下。
国尾さんが言うには「自衛隊には模倣が重要」なんだって。確かに、諸先輩方の漫才を勉強したり、参考にさせてもらったりってのはあるけど、もろパクリはダメ、ゼッタイ。だけど初日からネタを考えてくるなんて、かなりやる気があるみたいだし、これからいい漫才ができるかもしれないって、ワクワクしちゃったのも事実。

目標とする漫プリ(年に1回開かれる漫才グランプリのこと)までは、あと8ヶ月。
それから、わたしがネタを作って、練習して、フリーのライブで経験を積んでいった。だんだん息も合ってきて、「色」と言うのが出せるようになった気がしていた。言い忘れてたけど、コンビ名は「アナ&スコット」に決めたの。お気づきの通り、ノッティングヒルの恋人でのジュリア・ロバーツの役名「アナ・スコット」から取ったのね。映画のウィリアムと一緒で国尾さんは、たまにフニャフニャした態度やネガティブになることもあったけど、その繊細さも大切にしようと思って、わたしがリードしてやってきたつもり。


そして迎えた1年目の漫プリでは、なんと準々決勝まで進んじゃう快挙!

まぁ、ビギナーズラックっていうのもあったのかな。フリーでやってる凸凹男女コンビっていうのも目立っていたみたい。そこまで進んだというのもあって、漫プリの後に、ある事務所からスカウトがあったの。国尾さんに相談してみたら「自衛官にも所属がありますからね。私は陸上自衛隊を希望しています」と訳の分からないことを言い出したから、わたしの判断で所属することに決めちゃった。その事務所は小さかったけど、わたしたちを積極的に売り込んでくれて、定期的なライブや営業(イベントとかに出ること)もさせてもらって、去年より自力ってのが付いた気がするんだ。


あっという間にやってきた、2年目の漫プリ予選。

去年の準々決勝も勝ち抜いて準決勝に進み、さらに、まさかまさかの決勝の舞台に立つことになった!!
決勝に残ったのは8組と敗者復活の1組。夢にまで見たあの舞台。

いつも感心するんだけど、国尾さんはどんな舞台でも全く緊張しない。わたしが舞台袖で「ドキドキするぅ~」って言ってると、「バディーがお互いを信頼し合っていれば大丈夫です」とまっすぐに目を見て、わたしに言ってくれる。頼もしいような、少しズレているような、でもその言葉でわたしの緊張がほぐれちゃうのが不思議なんだよね。


ジャカジャンジャンジャンジャン・・・・


入場の音楽が流れて、勢いよくわたしたちは飛び出した。


「はい、どーもぉ!!」


いよいよ4分間の戦いが始まった!


アナ&スコットのネタは、わたしの力強いツッコミと対照的な国尾さんのボヤキ。そして、芝居調で進んでいくストーリー性の高いコントよりの漫才、っていうのがスタイル。

勝負をかけていたわたしたちは、決勝の1回戦から鉄板ネタ「カッコいい男になりたい」を持っていくことにした。ライブでも営業でもよくやっていて、手応えもあって、わたしたちが間違えようもないネタ。もちろん少しアレンジはしているけどね。

「カッコいい男になりたい」国尾さんがまずは警官になろうとし、そのあとドラマのカッコいい名シーンを真似し、最後に本当になりたいものを宣言するという流れ。

ネタは順調に進んで、最後のわたしからのネタフリ、
「じゃあ、夢を語ってください!でっかい夢!カッコいい男なら夢を持っているはず!」

そして、国尾さんは「僕、夢は見ないタイプなので…」とボケる、そしてわたしがツッこむ!

・・・はずが突然、


「自衛官になりたいです」


ってネタと全然違うことを呟いたもんだから、わたしは思いっきりうろたえちゃって、
「え・・・ちょっと・・・ネタ違いますよ。こ、こ、こ、ここへ来て緊張って、おそ!」
って何とかフォローしようとしたけど、お構いなしに国尾さんは急に神妙な面持ちで語りだしたの。

「君にバディを組まないかと声をかけられたとき、私の夢である自衛隊を捨てられるんじゃないかって、そう思ったんです。そもそも、私は学歴も仕事もないし、誰かに指示されないと何もできない人間で、自衛隊の格好をするのが精一杯で・・・。」

「それ、結構勇気いると思いますけど。」これは素でツッコんだわたし。

「でも、私だってなりたくてこうなったわけじゃないんです。
大学に行かなかったのは、勉強をしなかっただけなんです、とにかく勉強が嫌いだったからです。
体だって丈夫じゃないですよ。生まれつきとかじゃなくて、動くのがだるいだけなんです。
それに、親が・・いや、ママが過保護だったらいけないんです。仕事しなくてもいいって言うんです。だからです。」

って本当に最低のヘタレ宣言をしたら会場にドッと笑いが起きた。
だけどわたしは笑いが起きたことなんてどうでもいいくらい、国尾さんの発言が頭に来て思わず、

バチンッ!!

生まれて初めて平手っていうのをお見舞いしたら、2mくらい吹っ飛んだ。会場はさらに笑いに包まれた。
国尾さんは「オヤジにもぶたれたことないのに!」って顔で頬に手を当ててわたしを見つめていたから、さらに怒りが増して、

「いい加減にしてください!みんな辛いんです、苦しいんです。それでも自分に喝を入れて、勉強したり、鍛えたり、働いたりして一生懸命生きてる!どうして、今までそんなことも気づかずに生きてきたんですか。この2年は何だったんですか。あなたを見込んだわたしがバカみたい・・・しかもどうしてこの大切な舞台でそんなことカミングアウトするんですか。やっぱり自衛隊になりたいなんて、今頃言うなんて・・・今までの時間、返してくださいよ・・・」

わたしは座り込んで泣いてしまった。もう決勝の舞台とかどうでも良くなってたから。会場はシン…となっていた。
悔しさと情けなさ、不甲斐なさ、恥ずかしさ、苦しさと、わたしの持つすべての負の感情が体中を覆っていて、もう力が入らない。

たしかに国尾さんはテンションの上がり下がりが激しかったし、病気を理由にネタ合わせに遅れることもあった。自分に甘いなって思うこともあったけど、それでも2人で漫才していると楽しかったし、いいコンビになってきたと思っていたのに・・・

すると国尾さんが「でもどうせなれないから安心して下さい。もう31歳だし、学歴も経験も資格もない私は、自衛隊になんてなれませんから。」とまたヘタレ発言。この際だから、わたしはずっと彼に対して思っていたけど言えなかったことを、ついに話すことにした。

「自衛隊になら、なれますよ」

国尾さんはたまに「やっぱり自衛隊になりたいなぁ」と呟いていた。でもわたしはコンビとして活動していきたいから、聞かないふりをしていた。たくさんネタ合わせや仕事をして力をつけて、何かの漫才コンクールで優勝できればその気持ちもいつかなくなるだろうと思っていたから。
でも半年くらい前にわたしは偶然ネットで「予備自衛官補」という制度があるってことを見つけてしまった。絶対に、国尾さんに気付かれてはいけないと思って、そのことを隠してここまで来たんだけど、言ってあげなきゃいけないタイミングが遂に来たんだね。

「予備自衛官補」というのは、日本国籍のある155㎝以上で34歳未満の人であれば誰でもチャレンジできるもので、筆記試験、口述試験、適性検査、身体検査にクリアすれば合格となる。3年以内に50日訓練があって、1日当たりの手当は7900円。年に2回募集があると自衛隊のHPに書いてあった。

この説明を一通りしている間に国尾さんの眼にみるみる光が差していくのが分かった。
そう、私のやっていることは間違ってない・・・
私がそうだったように、夢は挑戦しないと悔いが残るんだから。

「私、それになります!!」

今度は意思のこもった力強い声で、国尾さんは宣言した。

「でも、君は・・・?」一応、わたしのことを気に掛ける余裕はあったみたい。

わたしはこの返事が国尾さんへの最後の言葉になると直感的に分かった。

国尾さんをまっすぐに見て言った。「いいの、行って。」
でも、その先は目を見ることができなかった。国尾さんに背を向けて、言葉を続けた。


「覚えておいて。わたしはお客さんの前に立って、みんなに笑ってほしいと願っている、ただの女芸人だってことを。」


そう、このセリフは、ノッティングヒルの恋人での一番大好きなシーンのオマージュ。


「I'm also just a girl, standing in front of a boy, asking him to love her.」
(私だってただの女の子。男の子の前に立って、愛してほしいと頼んでいるの)


もちろん、気持ちはジュリア・ロバーツ。
愛した男を、いや、愛してないけど、相方に選んだ男に振られた切なさと辛さを押し隠して、必死に笑顔を作って彼を送り出すわたし。決めゼリフを言い放った後は、目に涙を浮かべたまま、ゆっくりと彼のほうに顔を向けたら・・・


いないじゃん!!


わたしの決めゼリフの間に、国尾さんは勢いよくステージを降りていたようだ。
そこでふと思い出した。


ここ、漫プリ決勝の舞台だよね!?!?

やっばーい!!


でもなぜかお客さんは優しい笑顔でわたしを見ていた。
わたしは90度よりももっともっと深い、地面に頭が付くぐらいのお辞儀をしてから、舞台を後にした。

こうして、アナ&スコットの漫プリは、終わった。
ネタのようでネタでないサプライズ解散を生放送の漫才コンクールでしてしまったわたしたち。ある意味、伝説を作ったって言えるよね。本来であればネタの時間が過ぎたら強制的に終了になるのがルールなんだけど、番組プロデューサーがGOを出して続けさせたと後から聞いた。

国尾さんは漫プリの後、忽然と姿を消した。
あれから1ヶ月、元相方の国尾護くんは、「国を」「守る」自衛隊になるために勉強に勤しんでいると、そう信じたい、いや、信じてる。

一方、わたしは。
漫プリでの失態とも言えるネタが噂となり、どうしてか役者としての仕事が増えたのには、自分が一番驚いてる。あの、涙ながらの訴えがお茶の間の心を揺さぶったんじゃないかってマネージャーは言ってたけど本当かな。
実はアナ&スコットの解散劇はすべてネタで、演技だと思っている人が多いと2chに書いてあったのを読んだけど、今となってはもう何でもいいやって思ってる。


そして今日は、来年出演する舞台の記者会見。
たくさんの報道陣が、漫才コンクールから誕生した、ある意味シンデレラとも言える呂別 樹里亜という女優、とここでは言わせて、に注目している。

会見での質問は、わたしに集中した。
最初に指名された記者がまずはこう聞いてきた。「お笑い芸人としての活動は?」
「お笑い芸人としての活動は一旦お休みします。今はこの舞台に集中したいので。」
また別の記者が指名された「元相方さんと連絡は?」
「彼とは友達です。あれから会っていませんが、そう、思いたいです。」

すると真ん中の後ろの方にいた記者が手を挙げた。そして、こう聞いた。
「状況が許すなら、その元相方と、再びバディを組む可能性はありますか?」
バディ・・・なんだか懐かしい響き。こんな質問をしてくるなんて、どこの記者だろう・・・
不思議に思って、目を凝らしてその記者を見ると、そこには見慣れた顔、国尾護の顔があった。私はこう答えた。
「そうなることを望んだ時期もありましたが・・・ムリです。」
ふつうは記者は1つの質問で終わるんだけど、彼は、さらに続けた。「でも、もし・・・」
「もし・・・?」思わずわたしは聞き返していた。

「よく考えた末、その人物が、、、国尾・・・そう国尾さんが、やっと気づいたら?自分は大バカでドアホだと。そして、ひざまずいて、バディをやり直したいと言ったら・・・やり直しますか?」

わたしは・・・どうしたい?自分自身に問いかけた。
わたしの夢は・・・・そう!漫才師なんだ!!

答えは明白。

「えぇ、やり直したいです!!」

彼は「とってもいいニュースです!」と言って、さらにもう一つ質問をしてきた。


「じゃあ、最後にもう一つ。お笑い芸人としての活動はいつまで?」


「永遠に。」


(読者の皆さんの脳内で、エルビスコステロの「She」を流してください♪)



~Fin~
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ノッティングヒルの芸人(前編)

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わたしの名前は呂別 樹里亜(ろべつ じゅりあ)、19歳。


ママがこの世で一番好きな映画「プリティ・ウーマン」のヒロインを演じたジュリア・ロバーツにちなんで、わたしに『樹里亜』って名付けたんだって。その名前に、日本に10人くらいしかいないって聞いた、珍しい名字『呂別』を並べて英語っぽく読むと、「ジュリア・ロバーツ」と聞こえなくもないでしょ。

この名前とジュリア・ロバーツ並みの高身長のお陰(彼女と同じ175センチなの!)で、わたしは大学の友達から「ハリウッド」って呼ばれているんだけど、実はそのあだ名、結構気に入ってるんだ。彼女を意識して前髪はセンターで分けて、大きめのパーマをかけてるんだけど、誰かからも似てるねって言われたことなんてないから、ただの自己マンなんだけど。


ママが最初に見せてくれた映画は「ノッティングヒルの恋人」、これもジュリア・ロバーツのヒット作。
そしてわたしがこの世で一番好きな映画。

いくら名前が似てたって、身長が同じだって、髪形を真似したって、ハリウッド女優になれるわけもなく、大学での成績は中の中、見た目も中の中の普通の女の子(少し謙遜w)。ま、仲間内では盛り上げ役だから、映画で言うウィリアム(ヒュー・グラント)の妹ハニーってところかな。詳しくは映画を見てね。

でも、これだけは映画と同じかもしれない。
「自分だけを必要としてくれる、たった一人の男性を探し求めている」ことはね。


本屋でアルバイトすることにしたのは、もちろん映画に影響されてのこと。
映画のあらすじでは、ジュリア・ロバーツ演じるハリウッド女優アナ・スコットの恋人となるウィリアムが本屋のオーナーだから、ここにいたら何だか運命の人が現れる気がしてワクワクする。男女の役回りは逆になっちゃうけど。

とっても暇な本屋だから、わたしはいつもノートに理想の相手像を書き連ねているの。

たくましい、誠実、ポリシーがある、つかみどころのない人・・・こんな人現れる訳ないかぁ、なんて書いては消して、ため息をふぅ~ってついていたら、店長に「恋でもしてるのか」って心配されたことがあったっけ。広い意味で考えるとそれは間違いじゃないんだけど、わたしが追い求めている人は、そんな簡単なものじゃない。

なぁ~んて日々が続くと思っていたら、運命は突然訪れた!!


その人は、お店に入ってきたとき、どんなハリウッドスターよりも輝いて、魅力的に見えた。


彼は自衛隊っぽい迷彩柄のTシャツとダークグリーンのカーゴパンツに白いスニーカー、つばに葉っぱの模様と正面に鳥のマークみたいなのが入った黒いキャップを被って、石原裕次郎がしていそうなサングラスを掛けてたから、明らかに店内で目立ってた。それに歩くときはやたら動きが早いし、曲がるときはなぜか90度に進んでいくから、絶対に普通の人じゃないと思ったの。
しばらくして彼が「宣戦布告」、「亡国のイージス」、「天空の蜂」をレジに持ってきたとき、あたしは彼をじーっと見つめちゃった。でも彼はサングラスをしているから、表情が読めない!なんてミステリアス!!
テンションは上がっていても仕事はちゃんとしなくちゃ店長に怒られちゃうから(割と冷静w)、きちんとお会計をして、お金を頂いてお釣りを渡したら、彼は「ありがとう」と小さな声で言って店を出ていった。


彼が店を出て行って、5秒くらいボーっとしちゃったけど、ハッと気付いた。


「このチャンスを逃す手はない!」って。


「ノッティングヒルの恋人」みたいに本屋で出会ったわたし達が再会するのは、あの名場面、曲がり角でオレンジジュースをかけちゃうハプニングなんてどうかしら。きっと彼は駅に向かうはずだから、先回りして角で待ってみよう。ジュースを買っている時間はないから、お昼に買ったコンビニのコーヒーを持ってわたしは店を飛び出した・・・


ダッシュしたのなんていつ振りだろう。何とか先回りできたのはいいけど、息が上がりすぎて「肩で息をしている」っていう比喩を体現しちゃってるわたし。呼吸を整えながら彼を待った。
そして、彼がやってきた瞬間・・・・


ドンっ!


「あ、すみません!!コーヒーかけちゃった。どうしましょ~」って走りながら考えていたセリフを発したら、思ったより自分が大根役者でビックリ。
「大丈夫です、これ防水なんで」って彼が言うから、やっぱり自衛隊の方なのかなと思って、スゴいですね、って言ったら、
「ついでに防寒、防臭を施し、更には防弾もできます」って言ってきたの!さすがに薄っぺらいTシャツが防弾なんて信じられなかったから
「防弾はウソ、ですよね?」って突っ込んだら、失礼します、って帰ろうとする彼。まさか図星?いやいや防弾とか防水はどうでもよくて、言わなきゃいけないことがあるでしょ、わたし!

彼が行こうとする方向を慌ててとうせんぼして、ストレートに思いを伝えることにした。

「あ、あの・・・突然ですが・・・」思い切り息を吸って、さぁ言うぞ!と思ったら彼が大声で、
「突然!!」って叫んで、急に屈んで小さく丸まっちゃったの。わたしは何だか恥ずかしいやら、ワケわかんないやらで、どうしたのか尋ねてみたら、「突然の奇襲に備えての防御です!」って。んなわけないでしょ。

わたしに攻撃する意思がないことを丁寧に伝えたら、ようやく普通の立ち姿勢に戻ってくれてホッ。とにかく早くこっちが何か言わなきゃ、彼は何を言いだすか分かんないから、勢いで言っちゃった・・・


「相方になってください!わたし、あなたと漫才コンビになりたいんです!」(言えた!)

「断る!」

「ですよね・・・やっぱり、お仕事・・・自衛隊の方ですよね」(ここは少し引いてみて…)

「異なる!」

「え!じゃあその格好は?」(なんだこの人!やっぱり面白い!!)

「こだわり!」

「趣味ってことですか!?」(ヤバい!面白すぎる!)

「失礼します!」


と、テンポの良いやりとりの後、彼はものすごく素早い動きで駅の方へ歩き出して行っちゃった。

さすがにいきなり『漫才コンビを組んでください』は無謀すぎたかなぁ。でもこのチャンスを逃したら、こんな面白い人にはもう出会えないかもしれない。やっぱりもう一度お願いしてみよう。せめて、もう少し話を聞いてもらおう。

わたしは、全力で彼を追いかけた。そして彼の見えなくなった角を曲がろうと体を傾けた瞬間・・・


ドンっ!


誰かとぶつかって、わたしはその人の持っていたコーヒーで服がビチョ濡れになった。急いでる時に限って何でなの!!わたしは思わず「ちょっと、どうしてくれるんですか!」と文句を言っちゃった。すると、そのぶつかってきた人が、
「あ、すみません。よかったら僕の家そこなので、服乾かしましょう」って何か聞いたことのあるセリフを棒読みで言ってきた。あれ、これ何のセリフだっけ。それにこの声はなんだか聞き覚えのある声。

顔を上げると、さっきの彼が目の前に・・・。

彼がいたことも衝撃的だったけど、ぶつかってコーヒーをかけてきて、さらに家に来て乾かそうって、そう、これはまさにノッティングヒルの恋人の名シーン!彼も映画のこと、知ってたんだって嬉しくなっちゃった。

「映画、知ってたんですね」って聞いてみたら、彼はいきなり、

「姿勢を取れー!!」って、ほふく前進の構えを歩道でし始めた。わたしが戸惑っていると、目で「お前もやれ」って合図を送ってきたから、わたしも彼と同じように道に寝そべった。

そして彼の「進めー!」の掛け声で2人でほふく前進を開始した。

3mくらい進んだとき、彼がこう言ったの。

「バディを組めぇ!」

え、なになに!?この発言って、コンビ結成ってことだよね!?
もう嬉しくてテンションアゲー↑ってなっちゃって、彼と一緒に10mくらいほふく前進したら、通行人から思いっきり痛い目で見られるし、履いていたデニムがボロボロになっちゃったけど、全然平気だった。きっとアドレナリンが大量に分泌されてたから。

それから次に会う約束をして帰ったんだ。



to be continued....

テーマ : 作家活動
ジャンル : 学問・文化・芸術

先生バー(後編)

「彼女、可愛いでしょ」

視界の左側からヌッと顔が現れた。
ビックリして後ろに倒れそうになったのを全力で腹筋を使って耐えた。

「昔は美人ドクターとか言われて、テレビに出たりしてたんですよ~」

 頭髪を7:3にピシッと固め、黒縁メガネをかけ、黒のベースに白い水玉の蝶ネクタイをつけたバーテンダーは、思いっきり歯を見せて笑った。年齢不詳だが、四十半ばといったところか。
「次は何にしましょう?」と彼は注文を聞いた。さっき飲んだアラスカが効いていたので、チェイサーと薄めのハイボールを頼んだ。

彼がチェイサーとハイボールをテーブルに置いたとき、ベストに着いた光るバッチが目に入った。
さすがに海外にいた私でも知っている。あれは弁護士バッチだ。

「あなたは弁護士の先生なんですね」

「あ、これ気付きましたか?だけどこれはもう何の意味もありませんね。過去の勲章とでも言いましょうか。アクセサリーみたいなものですよ。ご挨拶遅れました、私、本橋と言います」そう自己紹介して、本橋は話しだした。

✽✽✽✽✽

 まぁ、そのかつては弁護士でしたよ。僕が小さい頃、母親がいつもDVDでドラマを見ていましてね、2000年代にブームだったHEROっていうドラマでした。それに影響されて、弁護士になりたいなぁと小学校の頃からなんとなく思っていました。でもね、中学生の時にHEROの新シーズンが始まって気づいたんです。HEROって、検事の話だったんですよ。幼かったんでよく分かっていなかったんですねぇ。まぁでも、そのまま弁護士を目指しました。運良く浪人せずに志望大学の法学部に入って、法科大学院へ進んで、司法試験にもストレートで合格して、弁護士事務所で働き出しました。

 実際はドラマのネタになるような刑事事件はほとんどなくて、離婚問題、相続問題、借金・破産という自分の人生においては関わりたくない事例と毎日のように向き合っていました。
 あのね、間違ってはいたんですけど、昔見たそのドラマの主人公、えっと、あぁ演じていたのは木村拓哉です、あ、お客さん知らないかな?あ、知ってます?その人柄というか仕事への姿勢っていうのはすごく印象に残っていましてね。納得いくまで調べ上げる、事件の大小に関係なく取り組む姿は僕もモットーにしていたんです。

✽✽✽✽✽

と、少し胸を張って言ったかと思うと、本橋は急に顎に手を当て考え事を始めたのか黙った。
沈黙に耐えるために、ハイボールとチェイサーをゆっくり交互に飲んでいたら、

「あ、そうだ!久利生検事だ。その木村拓哉が演じている検事は、久利生って言うんですよ。」と本橋は叫んだ。

✽✽✽✽✽

 久利生検事はね、金髪にジーンズの出で立ちと、その破天荒な行動から最初は煙たがられちゃうんです。普通、検事っていうのはデスクワークが多いんですけど、彼の場合は自分で調べに行っちゃう。時に出過ぎた行動をしちゃうこともあってね。だけど、次第に仕事に対する熱意を同僚が認めて、信頼しだすんです。

 僕もそんなモットーを貫く弁護士になろうと一生懸命事件と向き合ったんです。そしたらね、噂が噂を呼んで、事務所に僕宛の仕事の依頼が増えましてね。まだキャリアは浅かったんですけど、独立することにしました。新しく事務所を立ち上げてからも、「本橋先生だけが頼りです」と過去の依頼者やその紹介を受けた方が僕を頼って訪ねてきてくれる。嬉しかったですよ。忙しいながらも事件の大小問わず取り組んでいましたが、どうしても大きい事件に割かれる時間が多くなるでしょう。比較的小さい案件を処理するのをすっかり忘れましてね、それがクレームに繋がりました。とても私を信頼して下さっていた依頼者だったっていうのもあって、「信じていたのに!」と必要以上に騒ぎ立てましてね。体調もあまり良くなかったというのもあって、ちょっと熱が冷めるまでと、一旦事務所を休むことにしました。

・・・その時に、ある人物がコンタクトを取ってきたんです。

✽✽✽✽✽

本橋はここからが本番だと言わんばかりにニヤっと笑いながら、人差し指を立てて「1」作り、顔の前に突き出した。
その手をゆっくりと自分の目に持って行って
「このコンタクトじゃあ、ないですよ、ハッハー!」とくだらないダジャレを言い放った。
私は肩の力が抜けて、少し話を聴く気が失せたが、彼は話を続けた。

✽✽✽✽✽

 ま、冗談はこのくらいにして、その人物は国、つまり政府の人間でしてね。今後、裁判に「あるシステム」を導入する話が進んでいるので協力しないかと言われました。人が人を裁くのはリスクが大きい、大きく法律は変わっていないのだから、過去の事例をデータベースに落とし込んで、コンピュータで裁判を行えるようにしたい、どうしても発生してしまう誤審を無くしたい、とそんな話でしたね。弁護士や検事、裁判官の考えや経験によって左右されることのない平等な裁判を行うために必要なんだと言っていました。

 実際、死刑については今も執行を容認する派と反対派と議論が耐えません。
加えて、2009年から実施されていた裁判員制度も問題が多くありました。三十年前くらいに残忍な事件の裁判員をされた方がストレス障害を起こし、今も苦しんでいると聞いたことがあります。

 そんな話もあって、確かに人が人を裁くこと自体が無理だったのかもしれない、とも思い始めましてね。だから、その裁判のシステム導入に協力することにしたんですよ。
 指定の場所に行ったら、周りが全く見えないバスに乗せられてある施設へ連れて行かれましてね、そこには知り合いの弁護士や、テレビにも出ている有名な弁護士も乗っていました。
政府の人間は、協力を要請してきた時の丁重な姿勢と打って変わって、急に上からものを言うようになりました。
弁護士なんて今の時代には必要のない仕事だとか、「先生、先生」と呼ばれ頼りにされていい気になってたんじゃないかとか、そんなことでしたね。改めて周りを見回してみると、最近大なり小なり裁判で負けていたり、依頼者とトラブルを起こしたりした弁護士が集められていると気付きました。

 慣れない環境で疲れもありましてね、反抗する気力もなく、ただただ僕の携わった事例の全てをデータベースに落とし込む作業に没頭していました。1ヶ月ほどで解放され、十分すぎる謝礼を渡されましたが、僕はもう弁護士ではありませんでした。それから1年ほどして裁判に無人システムが導入されたことがニュースになりました。

✽✽✽✽✽

 私は何も飲まずに話をじっと聞いていた。話が一旦ブレイクすると喉の渇きを覚えてチェイサーを一気飲みした。
そしてハイボールを一口飲んで、こう聞いた。

「じゃあ今は、裁判はコンピュータが行っているんですか」

✽✽✽✽✽

 そうですよ。表向きは何の問題もなく、行われています。学校も、病院も、裁判もね。
もしかしたら、政治もすでにコンピュータが行っているのかもしれません。

 僕はね、日本の組織が「先生」っていう立場の人間を全部排除しようとしていると思うんですね。
先生はかつて聖職とされて、崇められた。でもね、教師だって、医者だって、私たち弁護士だって、人間だから過ちを犯すでしょ。でも許されないんですよ。だからね、無くしてしまったら早いって考えたんじゃないかなって。テクノロジーが進歩したのをいいことにね。
 
 普通、コンピュータの中枢はマザーと呼ばれます、つまり「母」って意味ですよね。だけどね、日本のは「センセイ」って呼ばれているらしいですよ。先生は一人・・・いや一つ、それだけでいいってことですね。

 今はこうやってバーで働いていますけど、実は僕、漫画家になりたいんです。
昔から漫画オタクでね、ドラえもんが好きです。あ、知っています?海外でも流行っていると聞いたことあります。さすがだなぁ。僕はドラえもんの道具がいつか出来ると信じていました。昔ドローンってあったんですけどね、遠隔操作できる小さい飛行機みたいなのです。それを見たときタケコプターはもう少しで出来るぞ!と子供ながらに喜びましたが、今も出来ていません。あんなに素敵な道具は一向に出来ないのに、世の中はコンピュータやロボットが支配する味気ない時代になってしまいました。せめて、今の子供たちが目を輝かせて未来を想像できる漫画が描けたら、とこっそり書き溜めているんです。

✽✽✽✽✽

「今度、読ませてくださいよ」私は思わず言っていた。

「もちろん」と胸を張って本橋は答えた。


しかし、私は気付いてしまった。

漫画家も「先生」だと・・・


終わり。


続きを読む

先生バー(前編)

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「20年くらい前までは、日本っていうのはもっと人間味がある国だったんだけどねぇ」

最近通い出したバーで、昔の日本のことをベテラン風の女バーテンダーが話しだした。

そのバーは地下にある、よく言えばレトロな、悪く言えば古臭いバーであった。機械化が進む時代に逆らうかのように、全て人の手によって作業の行われる店だった。数人いるバーテンダーはどこかしら哀愁があり、社会から取り残されたような、なにかを抱えているかのような、そんな雰囲気を持っていた。

私は生まれてすぐに両親の仕事の関係で海外に暮らしていた。そのまま海外で仕事をしていたが、日本法人を立ち上げるということで、日本で仕事をし、暮らし出して1ヶ月。祖国でありながら全く疎い日本のことを知るのに良いチャンスと思い、話に付き合うことにした。

年の頃は40代前後くらいの、女バーテンダーは酒焼けなのかハスキーな声で語りだした。

✽✽✽✽✽

あれはそう、2050年だったわ。日本に大変革が起こったの。
あらゆる分野においてコンピュータによる「平等」な判断が用いられるようになったのよね。
それもそのはず。今まで当然のように行われていたことが、できなくなったんだもん。
文明の進化とともに、日本の古き良き時代は消え去ろうとしていたのね。

例えば、教育ね。
スマートフォンの普及によって子どもたちの授業放棄が横行してね。教員たちが授業を行っている最中でもスマートフォンを操作して、SNSでリアルタイムに投稿するのよ。教員が噛んだり、言い間違えたりしようものなら、”いじり”の対象となって、全世界へ拡散される。教員が生徒へ問題を出したとしても、「ちょっと待ってください、調べるんで」ってスマホを操作しだすんだから。そうよね、授業の前にスマホを回収したらいいのにって思うわよね、普通。今は授業で当たり前のようにiPadやタブレットを使うから、Wifiルーターを持っている生徒たちはすぐにインターネットに接続して、他のことに熱中し出すの。
それにね、とある学校では、スマホの回収に踏み切った日の夕方に、親が学校へ乗り込んできて、こう言ったの。
「うちの子が授業中にもし何かあったらどうするんですか?教室という密室の中で、先生たちに何かされていたら助けを求めることができないじゃないですか!」
この頃なんか、学級の9割の親がモンスターペアレントだったんだから。生徒を叱ったら、「なぜうちの子だけ叱るんですか」って文句を言ってくる。テストの成績が悪かったら、「先生の教え方が悪いんじゃないですか」って責任を押し付けてくる。ひどいので言うと、女の教師が結婚したら「子どもたちのことはもう見捨てたんですか」って理不尽なことを言って困らせてくるのよ。一生面倒を見るわけでもないのにね。しかも、そのほとんどが学校へメールを送りつけてきたり、SNSに投稿したり・・・。直接対話ができないんだから、解決へ導くのも難しいわよね。
だから、教師を志す者は皆無になったし、辞めていく教師がほとんど。なんとか耐えていた教員たちだって、使命感っていう細い軸にだけに支えられていたけど、もちろん精神的にはギリギリ。いつ辞めたっておかしくない状態ってなわけ。いくら少子化とは言ったって、人手不足は明らかだし、このままでは日本の教育が危ない・・・。

✽✽✽✽✽

「次・・・」

と言って、女バーテンダーがカウンター越しに顔を近づけてきたので、私は思わず仰け反った。

「何にされますか?」というので、私はポカンとなった。オーダーを聞いたのだと理解し、
「じゃあ、ハイボールで」と注文した。
女はグラスにウィスキー、続いて炭酸水を注ぎ、軽くかき混ぜた。よく見るとそのかき混ぜているマドラーは授業などで使う指示棒であった。

女はハイボールをコースター、それはよく見るとポストイットが3枚重なったものだったが、の上に置くと再び語りだした。

✽✽✽✽✽

ついに文部科学大臣が動いたの。「教育に平等を!」をスローガンにしてね。

いろんな教師がいるから、授業のレベルや質が変わってしまうってことで、日本にある全部の学校で、コンピュータによる授業が導入された。かつて一世風靡したPepperの進化版のような…あ、Pepperって人型ロボットなんだけどね、そのロボットが授業を行っているの。感情は持っているけれど、決して出さない。生徒の反応や感情は認識する機能があるわ。聞き取りやすい音声とスピードで話すし、ロボットだから話が脱線することもないわよね。生徒への質問もするけど、一回の授業で3~4人って決まっているみたい。ランダムで当てるけど、月々一人あたりの質問頻度は全く同じ。逆に子どもたちが質問することもできるのよ。完璧にプログラミングされているから、答えられないこともないしね。もちろん、授業と関係ないことは全く受け付けない。時間ぴったりに終わるように、全部計算して授業を進めることができるみたいね。子どもの様子はすべて録画されて記録される。あと、体温センサー機能もついているから、子どもの体調不良が見られたら迅速に対応できるようになっているの。テクノロジーってすごいわよねぇ。
つまり、日本全体で平等に授業をしているから、成績の差は子供たちの能力の差ってことになる。人間じゃないから依怙贔屓もないし、きちんと管理しているわけだから、親たちがクレームをつける隙もないし、そもそもロボットにつけたところで意味ないわよね。2000年より前になると教員が生徒を殴ることもあったんだって。でも当時はそれが指導の一つだったから問題になることもなかったらしいわ。それに、もっと昔の話みたいだけど、「バケツ持って廊下に立ってなさい」とか言う説教のパターンもあったみたいよ。それはそれで笑えるけどね。バケツ持って何を反省したらいいのかしら?
教師?そんな仕事なくなったわよ。みーんな、転職。ただ、各教科の飛び抜けて優秀な先生だけが、授業のプログラムを作る側の仕事に就いたって話は聞いたけどね。

✽✽✽✽✽

「あ、私、上がる時間だわ。」腕時計を見ながら、女は言って
「川西さん、こっちおねがーい!」とカウンターの反対側で静かにグラスを磨いていた女性に声をかけた。

「こちらのお客さんに、昔の話、して差し上げて。」女は私にウインクをして、奥に消えていった。

「改めて、いらっしゃいませ。最近よくお見かけしますね。」
と言いながら、川西と呼ばれた30歳前後に見える女性は、新しい暖かいおしぼりを差し出した。
「森さん、また過去の話していたんですか。あの人は昔話が好きだから…」と少し呆れ顔をしながら、
「何をお入れしましょう?」と注文を聞いていた。

「じゃあ、なにかオススメはありますか」と私が聞くと
「ちょっとアルコールは強いですけど、私らしいカクテルなんてどうですか?」と川西は答え、それで、と私は頼んだ。
カシャカシャとシェイカーの音が鳴り、目の前でショートグラスに黄色っぽい液体が注がれた。
「アラスカ、といって、シャルトリューズという薬草を使ったリキュールの入ったカクテルです。強いですから、ゆっくり飲んでくださいね。」

一口飲んで、喉の奥がカァっと燃える感覚がしたことに少しテンションが上がった私は、
「私は中東のほうに長いこといたのですが、出張でアラスカにも数回行ったことがあります。これを飲んだら何だかあの景色を思い出しましたよ」と彼女に言った。

一瞬困ったような、でも微笑んでいるような表情を見せ、川西は語りだした。

✽✽✽✽✽

昔の話…聞きたいん…ですよね?
今、お出ししたカクテル、私らしいって言ったでしょう。薬草を使ったお酒ってことで言ったんですけど、元々私、医者でした。ちょっと、強引ですかね。海外にいらっしゃったならあまり耳に入らないかもしれませんが、日本の医学って本当に素晴らしい進歩を遂げたんですよ。30年前はレベル4だと生存率が10%を切ることが多かったガンだって、今や30%に上がったし、難病に指定されていたものも治癒できて指定から外れたものもあるんですよ。それなのに・・・今病院はほとんどがロボット化しています。さっき森さんも、あ、さっきお話していた女性です、話していたと思いますけど、ちょっとしたことで足元をすくわれたり、理不尽なクレームを突きつけられたりするのが当たり前の世の中になってしまったんです。医者も人間ですから、ミスがゼロかと言ったらそうではないでしょ。でもどうしてか訴えられる医者ってこれまで医療に全てを捧げてきて、身を粉にして働いて、たくさんの人を救ってきた方が多いんです。そういう先生って、同じ医師からは足を引っ張られたり、利益追求型の病院では煙たがられていたりして、誰も守ってくれないんです…。まぁ実際、医療事故裁判っていうのは、患者さんがむやみに訴えているケースも多いし、専門性が高いから有効な立証がしにくいというのもあって、原告つまり患者さんの勝訴率はかなり低いんですけどね。でも今はメディアが必要以上に騒ぎ立てて、医師を悪者に仕立て上げる風潮が強くって。だから裁判に勝ったとしても、精神的に追い詰められたり、体調を崩したり、結果的に病院から離れていく先生が増えていきました。

✽✽✽✽✽

川西の目は涙で滲んでいた。私は、きっとこれは彼女自身のことなのだと理解した。
彼女がもし思い出すことが辛いなら、続きを話してくれてなくてもいいと思った。
きっとこの話はハッピーエンドにはならない。そう感じていたからだ。
何か言わなくてはと思い、「あの・・・」と言おうと口を開けた瞬間、彼女は再び話しだした。

✽✽✽✽✽

多くの人の命を救いたいと思っていました。だけど、自分の命も守れないような人間に救えるはずはありません。高い志を持つ医師たちは少なくなり、病院は完全に利益主義、ノーリスクの医療を行うようになりました。結果、学校と同じく、ロボットの世界です。確かにミスはありません。もし何かが起きたらロボットにミスはないと主張すればいいし、手術にあたっては誓約書も書かせますから、病院側は窮地に立たされることはないですよね。でも、いくら技術を結集した医療ロボでも、プログラムを超えた人体の反応や変化には対応できないんです。今でもロボットが行う手術には、スーパードクターと呼ばれる先生方が待機し、緊急事態に備えていつでも対応できるようになっています。あ、これは表向きには秘密ですから内緒にしてくださいね。でも、テクノロジーも本当に進化していて、これまで以上に医学と工学が一緒になって人の命を救うための研究が行われています。私はそこまでの知識も技術もなかったから、携わることはできなかったですけど。
だからお客さん、もし病気したら、すんごいロボットが治療してくれますから、安心してくださいね。
もしロボットが信用できなかったら、私のところに来てくれてもいいですよ。こう見えても腕には自信ありますから。

✽✽✽✽✽

さっきの涙はどこへやら、彼女は少し意地の悪い笑顔を見せ、店の奥へ消えていった。

彼女が消えていった扉をボーッと眺めつつ、無意識に空のグラスをもう一度口へ持っていっていた。

溶けた氷が生み出した少しの水を飲み干すと、喉の奥が、スーっとした。


(続く)


この続編は、10月13日(火)のイベントで・・・

私、音楽家

音楽家ブログ用


 
 僕は音楽家だ。

 曲を作り、演奏する。時に歌う。

 そういうと人は「シンガーソングライターですか?」と聞いてくるが、違う。カタカナ表記にすればカッコいいと思っている連中が多すぎる。そんな安っぽい言葉で言い表すことのできない仕事なのだ。

 僕は「音楽家」だ。愛を表現することに生涯を捧げる、誇り高き音楽家だ。
モーツァルトもベートーベンも、名を馳せた音楽家はみんなそうだった。

 音楽家たるもの、どんな状況においても、いつだって新しいものを生み出そうとする力が働くようになっている。例えそれが、危険な状況であっても、極上の快楽を感じる場でも、痛みを伴う時でも、関係はない。僕の脳内スクリーンに五線が波のように現れ、音符がその間を泳いでいく。彼らは自分の居場所を見つけると、そっと腰を下ろす。そのとき僕は夢と現実の間で彷徨っている感覚だ。やがて意識がはっきりしてくると猛烈な勢いでペンを走らせ、気づくと楽譜を完成させている。

 僕は今、ワンルームマンションの一室で、鉄の首輪を掛けられ、それが鎖でつながれている。その鎖は部屋の柱に巻かれ、南京錠が掛かっていて取れない。6畳の部屋から僕は出ることができない。ただし、食事は1日2回与えられている。ご丁寧に、紙とペンも用意されている。つまり、生命の危機に脅かされる環境ではないし、音楽を生み出すこともできる。この生活が始まったのは1週間ほど前からだ。よく考えてみれば死ぬわけではないし、この生活を受け入れてみることにした。この危機的状況であっても音楽を作り続ける自分に、やはり音楽家としてこの世に生を授かった自分を改めて認めたのである。
 しかし、人は慣れるものである。3日目くらいにはこの状況に慣れ、逆に何も生まれなくなっていた。

 そこで僕はかつての刺激的な経験を思い出そうとした。28年間生きてきて、僕の人生はどんなものだったか。人は死ぬ直前に走馬灯のように人生が駆け巡ると言うが、もしかしたら人はどうにも時間がありすぎる場合にもスローモーションで人生を振り返っていくのかもしれない。

 そして、刺激的な経験として思い出すのは、いつだって、愛、つまり女性だ。

 初めて付き合ったのは、大学生のとき、同じ音楽科だった2つ上の先輩。彼女の名前は「愛」といった。愛をモットーにして生きる音楽家の僕が、彼女に運命を感じずにはいられなかった。僕はピアノ、彼女はバイオリンが専門で、僕が作った曲を二人でよく演奏した。曲のテーマはいつだって愛だ。愛と共に、愛を奏でる。こんな時間が永遠に続けばいいと願っていた。
 彼女はとても自立した女性だった。「私はこう思う」「私はこうしたい」と意見を主張する姿は、まさに現代女性のアイコンそのものであった。明確な考えを持ち、伝え、行動に移せ、しかもバイオリンの腕もある彼女が、日本に留まっているはずもなかった。卒業すると同時にヨーロッパへ旅立っていった。旅立つ前に彼女は僕にこう言った。

「私はあなたが好き。でも私には夢があるの。だから私はあなたと別れるわ。」

 若かった僕に引き留めるすべはなく、受け入れるしかなかった。彼女への思いは溢れ、悲しみに打ちひしがれている間に、3曲書き上げた。悲しみとは対照的に、どの曲も迷いのない、鮮やかな旋律を奏でていた。


 人は忘れていく生き物でもある。半年ほどで立ち直り、次の「愛」を探しだした。

 次に付き合った女性はバレエダンサーで、「舞う」「彩る」と書いて「舞彩」といった。彼女の踊りを見て、まさに名前の通りだと思った。彼女も同じ大学の学生であったが、舞台によく出ていて学内では有名だった。音楽とバレエは切っても切れない関係にある。舞彩と出会って、僕は彼女が美しく舞うための曲を作った。管楽器を使った無限の広がりを感じるような壮大な曲が多かった。
 一方で彼女は、所有欲の強いタイプだった。舞台では「私のダンスだけを見て」を言ったし、いろいろと曲を書いていると、「もっと私の曲を作って」とねだった。また自分の持ち物に対しては、強い執着があった。僕の家に半同棲で暮らしていたが、ある日冷蔵庫に入っていた彼女のジュースを飲んだら、鬼の形相で怒られた。「私のジュース、勝手に飲まないでよ!」と。僕はとにかく平謝りして、ジュースを買いに行ったが、その怒りはしばらく鎮まらなかった。彼女の持ち物を無断で使うことが許されず、どんどん豹変していく彼女に恐れを感じていた。遂に、僕の家であるにも関わらず、部屋を線引きし出し、「私の部屋に勝手に入らないでね」と言うようになった。もちろん距離は広がっていったし、彼女への愛は薄れていった。その時期はやたら変調の多い曲ばかりを書いていたように思う。
 彼女の内面を知ると、どんなバレエも安っぽいものに見えた。当面の家賃を前払いし、僕の家だったが、僕が出て行った。


 大学を卒業して、ピアノの講師などをして生計を立てるようになった。次に付き合ったのは、そのピアノ教室の生徒だった「美恵子」。美しさに恵まれる子と書く。しかし彼女はとりたてて美人ではなかったし、これと言って秀でた特技もなかった。彼女は自分の名前が好きではないようで、僕に「みい」と呼んでほしいと頼んだ。そう呼んでいるからか、彼女の気質なのか、彼女は猫のような女性だった。そばにいたかと思うと、いつの間にかいなくなる。居ても立っても居られなくて必死で探すと、何事もなかったかのように部屋にいる。近くにいるとき彼女は「もっと私を見て」「私を愛して」と甘えてくる。そのギャップに僕は飲まれていった。特に彼女のおねだりの仕方は異常にうまかった。天性の駆け引き上手なのか、彼女の求めるものを与えないと一生この手で抱きしめることはできないのではないかという不安に駆られるのだ。だから彼女の欲しいものは全てあげた。でも、いつの間にかいなくなって、「私を捕まえて」と挑発してくる。その繰り返しだ。
 彼女がいなくなって不安な夜には声にならない叫びを書き連ね、曲がいくつでもできた。しかし自分が無理をしているのは分かっていた。僕の心が悲鳴を上げ始めていることも。彼女を失いたくないから、聞こえないふりをしていたけど、気持ちも、そして金銭的にも限界が来た。僕は部屋の鍵をこっそり変え、彼女との連絡を一切絶った。やはり彼女が戻ってくることはなかった。


 僕は愛に疲れていたから、しばらく愛を休んだ。そして、実社会とも距離を置いていた。もちろん音楽とも離れていた。

 ある日、僕の状況を心配した学生時代の友人が、知り合いが出ているからとライブに誘ってくれた。そこで歌っていたのが今の彼女である。彼女の歌声を聴いたとき僕の体に電流が走った。僕の作るメロディーと彼女の発する声は間違いなく合う、そう確信した。ライブ後、彼女を紹介してもらい、連絡先を交換し、何度か会ううちに付き合うことになった。彼女は絶対音感を持っていて、僕の作った曲を一回聞くとすぐに歌うことができた。愛の傷を癒してくれたのは、やっぱり愛と音楽だった。僕は彼女の家に入り浸り、思いつくままに曲を書いた。彼女は歌手として一本立ちしていたから、忙しく飛び回っていた。曲を作ることと彼女を支えること、これが僕の生きる糧となっていた。
 ただ、彼女は少し独占欲が強いところがある。まず僕の女友達の連絡先をすべて消されてしまった。彼女は留守から帰ってくると僕のスマホを見て怪しいやりとりがないかチェックをする。着信があるとそれが誰かを確認する。仕事中でもLINEを送ってきて、1時間以上返事がないと電話をかけてくる。それでも僕は全く平気だった。彼女が家で僕の曲を歌ってくれるだけで、幸せを感じられた。僕は、彼女の歌声に惚れたのかもしれない。でも、よく考えてみたら、それもそのはずだ。

 彼女の名前は、真実の音と書いて「真音(まいん)」というのだから。


-ガチャ

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プロフィール

まりお

Author:まりお
「“フリ”ライター」高島まりおです。

気になる方へインタビューし、記事を書いていきます。
その他、面白いこと、楽しいこと、興味あることを中心に、綴っていきます。

月一でインタビューイベントを開催しています!
「フリライターまりおの取材してるふり。」

イベントと記事(ブログ)連動していますので、こちらも是非チェックをお願いします。


目指すは…Sex And The Cityのキャリーブラッドショー!

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